“携帯電話”と呼ばれるソレを握りしめて、じっと水槽の前にしゃがみこむ彼女を、少し距離を置いて眺める。

背中から感じられるのは、必死さと意地。
そんな彼女を、微笑ましく思う。





しばらくすると、は肩を落としながら私の方を振り返って、

「お待たせ、行こう?」

と、表情と裏腹な言葉をこぼした。


「いいのかい?」

言いつつも、納得してなど居ないことは判りきっている。
案の定、は少し顔を曇らせて口を尖らせた。

「うん、もう本当に良いよ。」
「まだ時間はあるし、構わないよ?」
「…だってもう、これで4回目。」

そう。
実はかれこれ2,30分、はこの水槽前で奮闘していたのだ。

「だが、諦めがつかないんだろう?」

髪をなでつつ耳元に囁きかければ、ちらりと後ろを窺う仕草。

彼女を惹きつけて止まないのは、この世界で人気の高いイルカだ。



は私に対する申し訳なさと諦めきれない思いを混在させて、携帯電話を握りしめ軽く息を吐いた。

「私、イルカに嫌われてるのかなぁ…」
「何故だい?」
「だって私が諦めて離れようとしたり、油断してると目の前を通るんだよ!?
 おちょくられてるのか何なのか…」

彼女は私には思いも寄らないような面白いことを考える。
それもまた魅力の一つなんだろう。



が余程この生物を気にしているのは理解した。
理解しすぎた程だ。

だが―。

「君のまぶしい瞳に、照れているのかな。
 それとも可愛い君の数多もの表情が見たいが為の悪戯か。
 君の目に長く留まりたいのかもしれない。」

ゆっくりと口を開けば、揺れる瞳。

「どれにしても、妬けるね。」
「へ?」
「もう少し待つつもりだったが、やはり、そろそろ私の元へ帰って来てはくれまいか?」


きょとんと首を傾げた時に流れた髪をすくい上げ唇を寄せると、彼女の頬は一気に紅潮し、朱に支配される。


「ムキになる姿も愛らしいが、いつまでも君の世界に私が居ないと言うことに耐えられないのだよ。」

可愛い人、と付け足すと、あわあわと手を動かしながら必死に頭を下げた。

「えっと、その、ごめんなさい…!」
「謝って欲しい訳じゃないさ。
 ―だからほら、帰っておいで。」


腕を広げれば、迷いなく飛び込んでくる華奢な身体。
帰ってきた、私の宝石。




さぁ、かわす口付けを、水中に生きる彼らにだけ見せよう。





戯れる人魚









081017