朝、目を覚まして思わず額を押さえた。

「なんちゅー夢を…」

遊園地に高校の友達と遊びに行っている夢を見た。
それだけなら良い夢なんだろうけど…

思い出すと今度は熱を持った顔を冷ますために頬を両手で挟んだ。





「おはよう…」

しばらく呆然としていたところ、朝ご飯だと女房さんがお部屋にやってきたので慌てて身支度を整える。
花梨はと言えば、早々に朝餉を終え八葉のみんなと話をしていて、そんな中に入るのを少し気まずく思いながらもそろり近寄って声をかけた。

「あ。おはよ、!」
「おはようございます。」
「おはよう、。」
「何だぁ?まーた寝坊か?」
「勝真さんうるさい!」

遅くなった私に、みんな多種多様に挨拶してくれる。
キャラ濃いよなぁと思いながら、とりあえずニヤつく勝真さんに噛みついてみたけど、やっぱりいつもの調子が出ない。

「花梨、今日だめ、私使いもんになんない。」

溜め息をつきながら床に座り込むと、無意識に手が額に行く。

「熱でもあるのかい?」
「ひ、すいさん!違います!」
「何だ何だ?風邪か、。」

その仕草が紛らわしかったのだろう、翡翠さんとイサトが顔を覗き込んできた。

二人との距離が、今朝の夢と重なる。

すっと伸ばされた指先が額に触れそうになったところで、思わず身をよじって避けてしまった。

「あ、ごめ…」
「何で避けるんだよ?やっぱ熱あんだろお前!」
「違う!これは夢で…!」
「夢?」

叫んでからしまったと思い口を抑えるがもう遅い。
好奇の目を向けられながら、口は禍の元ということわざが頭を巡った。




「えぇと…」
「もしや夢解きが必要か?」
「いや!!大丈夫です!」

口ごもっていると泰継さんが急にずいっと出てきたから少し動揺したけど、丁重にお断りする。
こんな男の人ばっかりの場所で言うこと自体、断固拒否させていただきたい所存です、はい。

「まさか、まじないをかけられた夢、とか…?」
「それは大変です。良くないことが起こるかもしれません…!」

だけど、彰紋君や泉水さんに本気で心配そうな顔をされてはたまらない。

「額にキスされる夢を見ただけです!」

数分前に後悔したにも関わらず、またおんなじように叫んでしまった。

「は?」
「きす?」

途端、一斉に疑問符を浮かべるみんなと、

「わっ、」
「…それは…」

少し頬に朱を混ぜて、驚く二人。

言ってから、キスの意味を知ってるのは花梨だけだからいいやと思ってたけど、そういえば幸鷹さんもあの世界の人だったのか…と気付く。


「誰?誰に!?」
「や、ちょ、花梨?」

幸鷹さんにまで知られてしまったのを少し後悔していたところ、勢い良く肩を掴まれる。
何かと思えば、身を乗り出した花梨がまくしたててきた。
軽く押し倒されそうで、腹筋がプルプルしている。

「それって、もしかしてあっちの世界の好きな人?それとも京の人?」
「いや、知らない、全然判んない人…だよ。」

さっきよりも数倍強い瞳の輝きに負けて、途切れ途切れに何とか答えると、

「なんだー、残念。」

と、いたずらっぽく笑って立ち上がった。

「判った、じゃあ今日は休んでて!」

原因が解明した花梨はすっきりしたらしく、楽しそうに外出の準備を始めた。
その横顔に、今晩は恋バナ大会が決行されるであろうことを悟ったけど、何も言わないことにする。

「え、ちょっと待てよ花梨!どういう意味なんだ?」

焦ったのは他の八葉―特にイサトだ。
私としてはやっぱり流して欲しいんだけど、理解出来ないのは嫌なんだろう。

「大丈夫、呪いとか、そういうのじゃないから。」
「では、祓う必要は無いのか。」
「はい!“問題ない”です、泰継さん。」
「…判った。」
「何だよ、教えろよ!そういうの感じ悪いぜ。」
「えっと…」

花梨は誤魔化すように話を転がしていったけど、どうしても気になるらしいイサトにはタジタジのようで言葉に詰まってしまった。

「その質問は野暮だよ、イサト。」

そんな花梨に助け舟を出したのは翡翠さん。
流石、と言いたい…が。

「翡翠殿…翡翠殿にはその“きす”の意味がお判りなのですか?」

頼忠さんも同じところが引っかかったらしい。
怪訝な顔で翡翠さんに訊ねた。

「まぁね。君や泉水殿、イサト辺りにはきっと不慣れな話題だよ。」
「不慣れ…?」

ああ、やっぱりいろんな意味で流石、翡翠さん。
あの流れで判ったらしい。
感心した私に翡翠さんは薄い笑みを向けた。

「しかし、額に触れただけで頬をそのように可愛らしく染めるなんて、随分うぶだね。」
「っるさいですよ!!」

感心ぶち壊しの発言につい大声で返してしまうが、彼はどこ吹く風といった様子。

「今度は私と逢ってくれると嬉しいね。」

自分の唇に軽く指を押し当てながら笑う翡翠さんには最早言葉が出ず、ただただ恨めしげに見ているしかなかった。








「おい。」
「はい?」

先ほどからずっと黙っていた人が、出かける間際になって私を呼び止めた。

「何ですか、勝真さん。」

その人とは朝から茶々入れしてきた勝真さんだったんだけど、さっきとは違い真剣さを帯びた目だったので少し姿勢を正して向き合い、言葉を待った。

「知らないやつに、額に“きす”をされた夢を見たんだよな?」

重苦しい間の少し後に、勝真さんが口を開く。
様子の割に、振られた話はあまり蒸し返されたくない夢の内容だったので、真剣さとの関連性が見いだせず呆気に取られてしまった。

「どうした?違うのか?」
「え、あ、はい…そうですけど…」

催促に肯くと、僅かに眉間の皺を濃くしてから、ゆっくり近付いてきた。

「きすってのは良く判らないが…」

言いながら更に距離を縮めてくるので思わず肩を竦めると、


ちゅ


と、小さな音と共に、額に熱が灯る。

「他の男のことで悩まれるのは気に入らない。これで忘れろ。」

驚いて顔をあげると、くしゃりと勝真さんの手が髪を掻き乱す。

「勝真さーん?行きますよー!」
「ああ!今行く。
 …じゃ、行ってくる。」

何も言えないままの私を余所に、花梨の声に応えてからこちらに微笑んだ。

きびすを返して歩いて行く背を、直立不動で見えなくなるまで見送る。
ぺたり、座り込んで反芻してしまうのはあの言葉と、夢なんかよりよっぽどリアルな唇の感触。

訳が判らない、顔が熱い。
あれはどういう意味ですか。


朝よりもそっと額を押さえると、まだ上りきってもいない太陽が照らす空を、祈るような気持ちで見上げた。





額の感触





早く日が落ちて欲しいような、落ちて欲しくないような。






080705 なっっが!最近書く話全部なっがい! ギリギリまで勝真かイサトか迷ってたんですが、勝真がもぎ取りました。 そもそも当初はイサトだったんだけどな… しかもお頭がでばるでばる。翡翠さーん、大人しくねー これじゃ誰夢か判んないし。 とりあえず無理矢理八葉全員出しました。最初だし、ね! そして勝真さんには敢えて意味を気付かせませんでした。ふふ。