ぽつ、

携帯の画面に雫が落ちた。

故障してはいけないと急いでポケットにしまいこんで足を早める。

本当は雨の中でぼんやりするのも悪く無いと思っているのだけれど、そうしなかったのはあの日の彼との約束を反故にしない為だった。











土砂降りで、数メートル先すら見えない。

坂道は激流、階段は滝となって私を阻むけど、闇夜にひたすらふりしきる雨は美しいとも思った。

だから走る気なんてサラサラ起きなくて、ゆっくりと、雨を楽しむくらいの心持ちで歩いて帰った。



「堂々としすぎだろ」


帰った頃には当然ずぶ濡れだったため、彼は失笑した。

少し怒ってもいるみたいだったけど、気付かないことにする。


「寒くなかったよ。雨の中に居る間は割と心地よかった。」


思ったことを素直に告げると、ゴツと拳をお見舞いされた。


「…痛いよ?」

「そうだな、痛いだろうな。」


患部を手でさすりながら見上げれば、まだ判らないのか、と表情に責められ、流石に降参する。


「ごめんなさい。」


頭を下げると床にぽたりと雫が落ちる。

すると、用意してくれていたのだろうか、頭に真っ白なタオルが掛けられた。

水気を飛ばしていく荒い手つきの中の優しさが嬉しい。




「ふふ…」

「何笑ってんだ。」


ムッとした声すら愛おしいのに、残念。抱きつくことが出来ない。


「全く。これじゃあ風邪引くだろ。」


言うなり今度は私の体をタオルで簀巻きにして抱え上げた。


「ぎゃ!」

「暴れるなよ。俺ん家まで濡れたら困るだろ。」

「だだだだって!」


抱きつきたいとは思ったけど、この展開は想定外に決まってる。

だけど一度捕まってしまえば完全に勝真さんのペースで、私はおとなしくするしかなく、

その状態は、一人暮らしには少し広めのバスルームに降ろされるまで続いた。




「あーあー、俺まで濡れちまった。」

「ごめん…」

「全くだ。風呂、一緒に入っちまうぞ。」


ニヤリと笑う勝真さんはやっぱり一枚も二枚も上手で、翻弄されっぱなしなのが悔しい。


「じゃあ、さ、先、入って下さい…よ…!」

「は!?一緒に入るのか?」

「ばっ、ちっがう!!濡れちゃったなら先に入ればって意味だもん!!」

「だよな。お前がんなこと言う訳がないか。」


確かに、取りようによってはそうなってしまうようなことを言ってしまった。


慌てて否定すると、勝真さんは苦笑いしながら、濡れた頭をぐしゃぐしゃと撫でて、私の頬に手をあてた。



「約束しろよ。雨にさらわれたりしないって。」

「…え?」



「風邪引かれたら困るだろ。
 さらわれるなら、俺だけにしとけ。」



まっすぐな視線に釘付けになる。


コツとぶつかった額も、頬の手のひらも、冷えた私にはひときわあたたかく感じる。


「判ったか?」


判るまで帰さないぞ、と笑いながら、勝真さんは私の背を押したのだった。











きっと濡れずに会いに行けたら、勝真さんは偉いなって誉めてくれるだろう。

今度こそ、私から抱きつけるだろう。


彼の心配した顔が頭に貼り付いてる。



なのに、あの優しい手を欲しているのも確かで。



ああ、これって幸せだ。





さて、どうしようか。






愛しい悩み







(揺らいでいた間にまた豪雨になって、結局怒られた。)














090125












勝真さんに甘やかして欲しいです。