こわくないこわくないこわくなんかない!




携帯を片手で弄び無意味に笑みを浮かべる。
一見するとただの変な子だろう。
ご近所に変な噂がたったらどうしよう、とか思わない訳じゃないけど、私は今それどころじゃない。
否が応にも聞こえてくる断続的な音に、足を早め自宅のあるマンションから遠ざかった。







「…大、丈夫…だよね?」

小さく呟いて辺りを見回す。

もう気配はしない、こっちには来てない。
ため息を落としながら、少しスピードを弛める。


誰にも会わなかったのは救いだった。
立ち話なんかされた日にゃ、どうなって…「?」


「は?」


空回った思考を遮ったのは、不思議そうに名前を呼ぶ声。

振り返れば、コンビニ袋を片手に

「将臣君…!?」

ご近所さんと呼ぶには少し離れた家に住む、有川将臣が立っていた。




驚きすぎてただただそちらを見続けると、将臣君は「よぉ、」と片手を上げた。

「お前がこっちの方に来るなんて珍しいな。
 望美に会いに来たのか?アイツだったら多分俺ん家に居るぞ?」

「えっ、や、違うよ?」

落ち着かないままとりあえず否定すると、将臣君は怪訝な顔をしながら首を捻る。

「ん、そうなのか?でも家の前通り過ぎてんじゃねぇか。
 ―じゃあ何でここに?」

バカ正直に答えた数秒前の私 殴 ら せ ろ 。
あ、やっぱりヤだ。痛い。(全体的に

とりあえずって何だよ、頷けば良かった、のに。何て言い訳すれば良いの。

自分に問うても返ってくる筈が無い。


「?」
「はいぃぃ!!」

それでも諦めずにぐるぐる悩んでいたら、いつの間にか将臣君は超接近していました。
直立不動、気を付け前ならえ!
ビシッと背筋をただすと将臣君が苦笑した。

「なんだよ、何かあったのか?」
「え、や…ちょ…散歩、とか?」
「俺に聞くなよ。」
「あ、うん、そうだよね!」

冷や汗だらだらに相づちを打ってるけど、文章になってないね、判ってる。

無理に笑顔を作ると、対称的に将臣君の声のトーンが落ちた。

「…もしかして、他のヤツに会いに来た、とか?」
「は?」

意味が理解出来ずにポカンと見上げると、意地悪く頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

「何だよ、ならそう言えよ。で、誰目当てだ?」
「いやいや、将臣君?」
「ま、とりあえずあがってけよ。多分みんな居るだろうから。」

何で自己完結してるんですかアナタ!!
ちょっと待って、を言う前にどんどん話が進んでいく。
そしてアイツらっていうのは八葉のみんなの事だろうけど、違う、そうじゃないよ。

どこから訂正すれば良いのか、とか、やっぱりアレ言わなきゃ駄目かな、とか、いつの間に将臣君の家の前まで歩いてたんだ、とか、
たくさんたくさん頭によぎって上手く言葉を紡ぎ出せない。







そんな中、聞こえてきたのはハッハッハッと、リズム良い息づかい。
嘘、いや、待て、一周するの早すぎでしょ!

「おい、どした?」

門を引いて振り返る将臣君。
心なしか神妙な顔してるねどうしたのって言いたいところだけど、もはやのんびりしている暇は無い。

「まままままま将臣君!私帰る!」
「何だよ、遠慮とかすんなって。」

どもりまくったのを緊張と取ったのか私の手を取る。
そんな間にも近付いてくる、姿が見える。
ああもう駄目だと思った瞬間、私の手を掴んだその腕に抱きついてしまった。

「お、おい?!」



「あらぁちゃんじゃないのーこんばんは〜」

次いで聞こえる、女の人の挨拶と、「キャンキャン」と甲高い鳴き声。

「こ、こんばんはっ!」

ジョギングウェアを着たその人は、私の住んでいるマンションの3つ上の階の人で、彼女は好奇の目を向けて足踏みしていた。
足下には、元気いっぱいな小型犬が2匹。

「今日も暑いわねぇ」
「は、はい!」
「って、あらぁちゃんってば、その子彼氏?」
「…え?」

長い世間話でも始まるのだろうかと動揺していたのに、思いも寄らない発言が飛び出して反応が鈍る。

「仲良いのねぇ。」
「な、ちが、違いますっ!」

彼氏とは言うまでもなく将臣君のことだろうけど、そんな、どうして、いきなり。



その疑問は、おばさんの一言によりあっさりと解消する。

「だってほら、そんなくっついちゃって〜」
「あっ…!」
「熱いわねぇ、ほんとに。
 あ、だーいじょうぶよぉ、おばさん口堅いから!安心して!じゃあね〜」

ムフフと笑ったおばさんが再び走り出す。
しまった、これじゃあ…。

後ろ姿を呆然と見送っている場合ではない。
方向転換、真横にいる将臣君を見上げる。

「ご、ごめっ将臣君…勘違いされちゃった…」
「いや、全然構わねえけど、よ。」

将臣君はそこで言葉を一旦切り、自分の腕を見つめる。
同様に目を向けると、未だにしっかりと抱きっぱなしの私。

「うあぁぁぁごめん!」

慌てて離す。
いろんなことが一度に起こりすぎて、何がなんだか判らない。
オーバーヒートしてしまった頭を抱えてうずくまる。涙まで出そうになった。






「なぁ、もしかして犬、苦手とか?」

上から降ってくる優しい声に、ゆっくりと顔を埋めたまま口を開く。

「あ…あの子たちリード嫌いで、でも突進してくるから…」

犬、可愛いと思う、思ってるよ。
でも触れないし近寄られると体が硬直しちゃうんだ。

「つまりはえぇと、はい、怖い…です。」
「散歩って判ったから逃げてきたってことか。」
「階段下りてくる声が聞こえたから、ね。」

なっさけない、すれ違うのすら怖いだなんて。
呆れられちゃうかな、いっそバカだなって笑ってくれれば良いな。



「んじゃま、アイツらに感謝だな。」

楽しそうな声にばっと顔を上げる。
だって、顔も見られないまま待ち構えたリアクションが、想像なんかよりもずっと明るい調子だったものだから。

「なんで!」

どうポジティブに考えたって、将臣君には百害あって一利無い。
彼氏に間違えられたんだよ?
しばらくおばさま達の注目の的だよ?
ありえないでしょう。

だってのに将臣君は私の必死な形相にからから笑いながら、腕を組んで理由を口にした。

「アイツらがいなきゃ、お前こっちまで来なかっただろ?」

さも当然のように言われて、ああ、確かに。と頭の隅では思う。
きっと将臣君には会えなかった。

でも嬉しかったのって、私だけなんじゃ…?

考えても考えても、疑問が消えることはなくて参ってしまいそうだ。



将臣君は私とおんなじようにしゃがむと、さっきより優しく頭に触れる。

「な、どーせ明日には噂広まってるだろうしさ、そのまま本当にしねぇ?」

大きな手のひらの感触に意識を奪われていたのに、また唐突に引き戻される。

「…それって、」
「こーいうこと。」

視線をぶつけると、私を抱き締めて耳元で甘く囁いた。




近所の小さなわんこたちは、私に最大級の幸せをもたらしたようです。






回り道の秘密









081003








将臣君はどうしてこう話を長ったらしくしたがるんですか!!笑
しかし楽しかった…文がグダグダ感満載ですが。
ちょっとギャグっぽくしたかったけど駄目だねやっぱり!