「いけない人のいけない人になりたいなぁ…」




「は?」
「何?」

しまった、と思う時にはもう遅いのが現実。

朔、望美、私の女子3人組で夕涼み、濡れ縁に体育座りしていた私の口から漏れたのは、最近ずっと胸を圧迫し続ける言葉。


言うつもり無かったのに、と苦笑しながら、首を傾げる二人に同じフレーズを繰り返した。

「いや、だから、“いけない人のいけない人になりたい”。」
「意味が判らないわ」
「判らなくて良いよ。」

朔が戸惑うのは当然だろう。それが狙いなんだから。
申し訳ないけどそうじゃなきゃ困る。

「でも恋バナなのは判った!吐け!」
「横暴!!」

が、そこは天下の望美様。困惑顔の朔に反して素晴らしい笑顔だ。

思わず叫んだ私に、良いから良いからと押し迫った。




望美に負けて結局話そうと決めた私、何だかんだ言って本当は誰かに聞いて欲しかったのかもしれないなと思い直した。




「最初の“いけない人”は固有名詞ってか…密かにそう呼んでるだけで、2回目のは意味通りだよ。」
「いけない人…って」
「誰?」

首を傾げる2人のために、頭に景時さんが夕方洗濯し終えた衣を適当にかぶせて、口元に手を置いて思案顔を作る。

―ふふ、君はいけない人ですね。―

と笑む、ある人物を示す為に。


「「あぁ!?」」


案の定判ってくれたらしい。
好奇と動揺の入り交じった顔は、予想通りと言うか何というか。

「意外、だよね。私が弁慶さんのこと、すき、だなんて。」

いつだって悪態ついて、可愛くないこと言って。
他人に言われるまでもなく、自信なんて欠片も無かった。



「そんなことないわ!…あ、」

懸命に弱音を否定してくれた朔の顔が、僅かに固まったのが見て取れた。

「…朔?」
「うんうん、だいじょぶだいじょぶ!!」

不思議に思って聞き返すと、望美は恐ろしいほどに笑みを深めて、私の肩をバシバシ叩いた。

「いたっ望美痛い!!」
「あー、私喉乾いちゃった!朔、お水貰いに行こ!」
「え、ええ。…頑張ってね。」
「続きは明日聞かせて!」

言いたいことだけ言い散らして望美は立ち上がり、朔もそれに続く。

ばたばたと慌ただしく走っていく後ろ姿を見送ってから、浅く息を吐いた。

「ありえない、判ってるもん…」

膝を抱え直して顔を埋める。

夜風が髪を遊ばせた。











「君は、いけない人ですね。」

だから、“まさか”だった。

「…幻聴希望。」

その風に乗ってきたのは、今一番聞きたくない声で。
一番恋しかったあの人で。

背後の気配にまた、嘘をついた。

「寂しいな。幻などではありませんよ。」
「何ですか武蔵坊さん。」

くぐもった声が静かな庭に落ちる。

「さん」

けれど、私のささやかな抵抗なんて弁慶さんはものともせず、凛とした声が耳元を掠めていくだけだ。

「僕の隣に、居てくれるのですか?」

ふわり、届く薬草の独特な匂いに、熱い耳を押さえながらようやく顔をあげた。



顔が赤いだとか、聞いてたなコイツとか、後々考えるといっぱい気にすべきことはあったけど。


「貴方が、望んでくれるなら。」


精一杯の虚勢と一緒に想いを告げた。


「ふふ、やっぱりいけない人は君ですよ。」

外套と共に後ろから包まれる感覚に、

「どっちがだ。」

と呟いた。









いけない人のいけない人









080825