「おかえりなさい、さん。楽しかったですか?」 「ただいま…かえりました、…弁慶さん。」 普通にしているはずの笑みが痛い。 だって瞳は、突き刺すようにまっすぐだから。 「いや…やっぱり、皆が居る京邸の方が、落ち着きますよ、ね…」 「ふふっ、嬉しいことを言ってくれますね。 ひとりで出掛けた事で、僕らを思ってくれたのならなんて果報者なんでしょうね。」 「すんませんでしたぁぁぁぁ!!」 弁慶さんが語る私の行動の全て。 バレない内に帰ろうと思っていたのに… 言葉の端々から伝わる怒気に、ごまかす気満々だった私も本気で頭を下げてしまったのだった。 そう、理由は彼女の失踪。 ちょっとそこまで! と、謎の言葉だけを文に残して、さんは一人居なくなってしまった。 帰ってきたのは黄昏すら過ぎ去った刻限で、皆それはそれは心配したのだ。 「それで?どうして一人で、しかもこっそり居なくなったりしたんですか?」 今、さんの部屋には、問いただし役を買って出た僕と彼女の二人きり。 あまり大人数でも…と、もっともらしいことを言って二人にしてもらったけれど、本当は心配でたまらなくて、早く君を独占したかった。 ただそれだけなんです。 「えぇと…うーん、その…」 「人には言いづらいですか? ―それとも、僕、だから?」 ゆっくり言葉を紡ぎ出すと、びくりと体を震わせて、目を大きく見開いた。 「なっ、どうしてそんなこと!?」 「勘、ですかね。もしかしなくても、当たりですか?」 驚くさんには決して告げない。 “こちらを伺い見る目が、隠し事をしている子供のようだった”だなんて、流石に怒ってしまうでしょうから。 「その…様子を…五条の様子を見に行ってて…」 この人相手に黙って居られるはずもなかった。 実を言えば、弁慶さんには言いたくないっていうのが本音で、それだけにドキリとしたのだけれど―仕方がない。 「五条?」 「京の人と、お話したかったから。」 「そうだったんですか…。」 弁慶さんは私の言い分を聞くと、ふわりと笑った。 さっきはおろか、いつもの微笑みとは比べものにならないくらいの柔らかさで。 こんなに優しい顔をしてくれたのは、正直に言ったからだろうか。 お叱りの途中だと言うのに、とても満たされてしまった自分が居る。 「僕も行けば良かったかな。どうでしたか、皆は。」 「薬が効いたって嬉しそうに話されてましたよ。お礼を言っていて下さいって。」 「…少しでも役に立てたなら、良かったです。」 問いかけに答える、更に返ってくる言葉に、 こんなことをしても微々たるものだ と、五条の橋の上で悲しく語っていたあの日の顔が脳裏を掠める。 安堵の息をつく弁慶さんに、もっと知って欲しくて、必死に手を握った。 「あと、弁慶先生に会いたいって。」 「…え?」 さんの思わぬ行動に加えて、その言葉に驚かされた。 「弁慶先生は優しいから大好きって、子供たちが。 おじいさんもお姉さんもみんなみんな、次に会えるのを楽しみにしてますって。」 まるで自分のことを話すかのように、君までもが笑顔だ。 「弁慶さん、素敵ですね。」 ああ、この少女の今日はきっと、僕のために使われたのだろう。 ぼかした文を残しつつも、最初から五条に行くつもりだったに違いない。 優しい人だ、本当に。 「ふふ…そんな風に見つめられると照れてしまうな。」 「え!?」 さんが熱心になるあまりじっと視線を外さないから、理性にも限界が近付いていて、苦笑しながら手を握り返した。 慌てて飛び退く様が可愛らしくて、このまま甘やかしてしまいたくなる。 「理由は分かりました。皆にもそう伝えましょう。」 だけどやっぱり、一人で居なくなったことはちゃんと罰しなくちゃ、ね? 「あー、ははー…やーだなぁ…」 「こってり絞られて、少しは大人しくして下さい。」 「九郎さんが…譲君が…」 落ち込み、呟く彼女を広間へと促す。 可愛い君のために、待っている人が居ますから。 そして、それが終わったら、うんと「ありがとう」を言わせて下さい。 言わない本音 091024 ←