「何漁ってんのかな仁王君。」
「いや、別に。」
「別にって!何!」


さっきからガサガサと漁っている鞄は私のものなんです。
いや、判ってるとは思うけど!



教科書も入ってないただの鞄をかき回して、出しては引っ込めの繰り返しを始めて約5分。
少し息を乱して、私の居る自習室に仁王が来たのはそこから約5分前。
一緒にいる時間の半分を鞄漁りに使っている訳です、彼は。
この鞄にはそんな風に漁る価値も無ければ、関心されるものも無いはず。

何をしているのか、何を考えてるのか。
全くもって判らない。





「んー、あ。コレで良いわ。コレくれ。」

えー、ただいま入りましたニュースです。
立海大付属中3年仁王雅治君がさんに対し「鞄の中身のものをくれ」と要求してきました。

「あほかァァァァ!誰がやるか私のMD!」

思わずツッコミにすごい力がこもる。
ようやくまともに口を訊いたと思ったらコレだ。

仁王の手にあるのは、プレイヤーと数枚のMD。
仁王には聞かれたくないあんな曲やらこんな曲やらが入っているシロモノに加えて、
最近種類,数共に減ってきたMDプレイヤーの中から厳選に厳選を重ねて決めた青い機体―そんな危険かつ重要なものを取られる訳にはいかない。
そりゃあテンパってアナウンスなんかも出てきますよ。


「MD派なんか…」
「五月蝿い、バカにすんな!返しんしゃい!」
「移っとるよ。」

ボソリ呟かれた言葉に噛みつく。流行に乗り遅れてて悪かったな。
ムキになって奪いにかかると、軽々避けられる。もれなく微笑付き。

ああ腹立たしい。



「仁王っ!」
「しっ!」
「むがっ!」

咎めの意味をこめて名前を叫ぶと、仁王は慌てた様子で後ろから口を塞いだ。
手にあったMD達はカシャンという音とともに鞄に戻る。

「むががっ!」

突然のことに意味が判らず左斜め上を睨むと、口を押さえていない右手で私の体を抱き寄せ、耳元で小さく囁いた。

「良いから静かに。俺といちゃつけんくなるぜよ。」
「んふふーふむぅ!」
「んふって…」

何言ってんだコイツみたいな顔、しないで下さい。
“いちゃついてない”っつってんの!
目という唯一残された手段で必死に伝えようとしたけど無駄らしい。
意味が判らんよと楽しそうな声。

この状況、かつ“静かに”と言うのがお望みの場合、静かにしないと離してくれないのは明白だった。
諦めと、息苦しさも手伝って大人しくすると、仁王は手をゆっくりどけた。
ようやくまともに空気が入ってくる。




「はぁっ…。もー何なの!?」

また塞がれるとイヤなので小さめに、だけど一睨みするのは忘れずに仁王に向き直ると、彼は至極真面目な顔をして言った。


「今な、ちょっと女子達に追われとるんじゃ。」
「…いつものコトじゃん。」

が、感動は薄い。
男レギュがどれだけ人気かなんて見ただけで判るし、仁王と話しただけで向けられる嫉妬と羨望の視線はいつもそれを実感させる。
一言で済む。イマサラだ。


「いつもの比じゃなかよ。」
「何かあったの?」
「…いや、まぁ。アレじゃ。」

原因を尋ねると苦笑い。
目を泳がせて言葉を濁す、なんて仁王にしては珍しい。


「この間の日曜試合だったとか?」
「違う」
「調理実習?」
「違う」
「先走りすぎてクリスマス?」
「あと20日はあるぜよ。…違う」
「…脱いだ?」
「違う!意味が分からん。」

本人が言う気が無さそうだから当てずっぽうに―でも普段からこんな感じで追われてるから当たるだろうと思ってたら、全部「違う」とのお答え。

「じゃあ何?」
「…あー…」

ギブアップ。
仁王が追っかけられてる理由なんて他に思いつかない。
お手上げのポーズをすると、またもや苦笑してそっぽを向いてしまった。

「言いたくないこと?」
「いや、んなこた無い。」
「…変な仁王。」


はっきり言わないくせに、今度はきっぱり否定する。
イヤなら悪いと気を使ったのに、それじゃあ聞いて欲しいみたいだ。
思わずついていけないとため息。

それを聞いているのかいないのか、仁王はまた鞄の前にしゃがみ込んで今度は筆箱に手をかけた。

「ちょっだから漁るなって!」
「コレ」
「だから!」

取り出されたのは水色のシャープペンシル。
次に何を言われるか容易に予測出来たので止めに入る。
でも


「コレ、ちょーだい。」


二の句は告げなかった。
心臓が騒いだのは、彼の目が何かを切に訴えていたから。


時が止まったみたいに動けなくなった。












「仁王くーん!!誕生日おめでとーっ!!」
「げ。」
「たん、じょうび?」

乱雑に開いたドアが、止まった時を動かした。
耳に痛い複数人の女子達の声に、顔を歪める彼と呆ける私。

「一端逃げる、またあとでな。」

即決。切り替え早くダッと走っていく仁王と、私を一瞥して追いかけていく群衆を呆然と見送る。








「あー、祝って欲しかった、とか、デスか。」

理解してないと言うより受け入れられなかった理由をようやく飲み込んで、言葉として吐き出す。
まだ視線は彼の行く先を追ったまま。



参ったな。いろいろ、参った。
やることが可愛いんだよ、ばか。
シャーペンくらい、あげても良いけど。
ってか、持ってかれたし。ありえない。
でもなぁ、違うよねぇ?
そんな場合じゃない。



顔から熱と赤みが引いたら、仁王に「おめでとう」を言いに行かなくちゃ。





君の背を追いかける







071208