おめでとうを一番に言いたかった。




「むぼーな話…」





夕暮れの教室、誰一人居ない空箱で呟く。






今日は12月4日。大事な人の誕生日。

一番に祝いたいと思うのが恋する女の子と言うもので、でもそれは叶いっこないって判ってた。
理由は簡単、彼はモテる。
ここまで単純明快で頷ける理由も他に無い気がするなぁとため息が出る。
仕様がないのだ、相手が彼なんだから。
自分に言い聞かせても、ため息が口から漏れるばかり。



それでもやっぱり半ば諦めていたし覚悟はしていたから、100番以降であれどうであれ、とにかくおめでとうは言おうと思っていた。
だけど朝挨拶の時にタイミングを逃してしまってからは、つい意固地になって本人に会わなかったと言うか、一度一瞬でも会話をした後で面と向かって言うのが照れくさかったと言うか。
そういう経緯(という名の言い訳)で言えないまま、空はオレンジに染まっていた。
まぁ一番の原因は本人の雲隠れとお嬢様方の熱気に負けたと言い張りたいんだけど、結局は私のせいですド畜生。
よく喋るのにメアド聞く勇気も無いから0時にメール送れなくて、囲まれてるの見て怖じ気づいて、見つけてくれたのに知らないフリ、した。



意地っ張りでチキンって、ああもう取り返しつかない。











「、」



さっきより暗くなった教室の中で、私の独り言よりひときわキレイに響いたのは私の名前だった。
すみませんちょっと今猛烈に泣きたい気分なんで放っといてくれませんか、…

「に、おう…」

心の中、グルグル回ってただけの言葉の続きと呼びかけが合致して飛び出した。
ドアに寄りかかっているのはずっと想っていたその人。

「よ。」

電気を付けられて時計を見れば、6時を過ぎたところ。
制服姿なのでどうやら部活は終わったらしい。

「教室、間違えた?」

「どうして」とか「何で」とか、そんなことだけが口から出そうになるから必死に堪える。
たどり着いた質問は変じゃ無い、だって仁王は隣のクラス。
よくよく考えたら、声をかけてくれただけかもしれないからこの質問だっておかしかったんだけど、余裕なんか無かった。

とにかく自分を落ち着けるためにも、変な期待起こさない為にも、これを言わなきゃいけなかったし出来れば肯定して欲しかった。




「いや、ここで良かよ。」

だけど彼からの言葉は否定。

「じゃ、じゃあ幸村に借り物とか!?」


慌てて次を探す。
期待しちゃいけない。私の為なんてことは無い。違う。

自らの期待を打ち消すように、はやく、はやくと回転の悪い頭を動かしてレギュラーの名前を出すと、ムッと眉間に皺を寄せた。


「ちがう。」


そしてまた、ゆっくり否定する。

これは何か待ってる時の声だ。
少し不満気、少し寂しい、彼からの小さなサイン。









「じゃあ、」


どうしたの?



喉まできた言葉を形にしようとしたら、カツカツと私の方に向かってくるからそれ以上言えなくなる。
違う、言わせないんだ。私がサインに気付かないフリをして言わないのを判っているから。



「今日、何の日か知っとる?」
「う、ん。」

やば、近いって。
なんて一瞬思ったけど、仁王の目を見てたらそんな事考えてられなくなった。


「俺、ずっと屋上のタンク裏におったんよ。」
「うん、」
「昨日、」
「うん。」
「言ったと思うんだけど。」
「うん。」
「来て、欲しかったから言った。」
「うん。」


仁王はゆっくり言葉を探しながら、私を真っ直ぐに見つめた。
悲しそうな顔が胸を余計に締め付ける。





最後の言葉は少しだけ間を置いてから、でもはっきりと言った。



「一緒に、」




「居たかった」





「うん…」


聞きたくて、聞きたくなかった。
いっそ聞かない方が楽だと逃げていた私に告げられた、本当は欲しくてたまらなかった言葉。



「…」

ごめんと言いながら自分の頭を掻いて、ずっと切なそうな顔。
ねぇ、そんな顔しないで。





「行きたかった、けど行けなかった。」

「自信無かった、怖かった」

「勘違いだったらどうしようって」

「メールしたかったけどメアド聞けなかった」



不思議だ。思ってた事、言えなかった事、全部言える。
堰を切ったように言葉が溢れる。

やっぱり困った顔してるかな、前なんて良く見えないくらい、目を開けてられないくらい涙が止まらないんだ。
ごめん。











仁王は私が泣き続けてる間、ずっと黙ってそばに居てくれた。











「携帯出して。」


私が落ち着いてきたのを見越してか、仁王はこちらに手を伸ばしてきた。
きっと酷い顔してるんだろうな、目の下がヒリヒリ痛い。
でも“見ないで欲しい”は今更だ。

ポケットから取り出して渡すと、自分の携帯を見ながら私の携帯にカチカチと打ち込んで私の手に戻した。


「これで今年だめだったこと、1つ解消。」


開いて見ると目新しいアドレス。
仁王雅治と書かれた、私が持って無かったもの。


「一番に祝いたいなら、来年は電話してよう。」


ばっと仁王を見上げると、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
仁王の手が、不安も苦しさもどんどん打ち消されていく。
魔法をかけられたみたいだ。


「あ、勿論一緒に夜明かし、も大歓迎。」


悪戯な笑みに「ばか」と呟くと、「約束ぜよ」って言いながら抱きしめられた。

約束するよ。
来年は一番に祝って、ずっと一緒に。





はじまりバースデイ






一番最初に彼に送るメールは“おめでとう”と“ありがとう”を込めて。








071215



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