喧嘩の発端なんてもう覚えて無いし、何で意地張り続けたのかも今となっちゃ曖昧(でもそれはきっと雅治の態度だと思う)。
とりあえず判ってるのは私が悪いんだってことと、早く謝らなきゃってこと。



夜が深まるにつれて私の中も闇の色が滲んできて、嫌われるんじゃないか、もう言葉すら交わしてくれないんじゃないかって思いがどんどん大きくなってきて、

たまらなくなって飛び出した22時37分。
あぁあと23分で条例違反で補導されるな。何故か一瞬だけそんなことが頭をかすめた良い子ちゃんな私が居たけど、どうでもいいこと。
会いたくてひた走った。

自己中だって、笑われるかな。それとも軽蔑されるかな。

向かいたいのに、立ち止まってしまいたい、
そんなジレンマに打ち勝って家まで来たのに、いざとなったら勇気がなくて、チャイムを押す指先が震えて宙をさ迷う。
携帯を取り出すも、あと1つボタンが押せない。
秋風の冷たさが肌を容赦なく刺して、涙が出てきて心も寒くて。

「まさ、はる…」

こんなに近くに居るのに、何でだかもう一生会えない気がしてヒィヒィと情けない息が喉から漏れる。

「まさ、はる…まさ…」

壊れたみたいに名前を呟いた。




ワンワン!!

突然静寂と思考を切り裂いて突進してきたのは、犬。
ジャラジャラと重苦しそうな鎖を引きずってくるその子は、目を怪しく光らせ普段は可愛いであろうその姿を恐ろしいものへと変化させ、こちらにどんどん迫ってくる。

「ひゃっ…」

動けない。
声も出ない。




「タニー、止まれ!」

凛とした号令で、ピタリと止まる犬。
耳慣れたその声は、

「まさ、は…」

銀の髪を月光に輝かせる彼。
雅治は、私の姿を確認すると眉間に皺を寄せこちらをじっと睨んだ。
思わず怯んだ私に構わず止まりっぱなしの犬―タニーを促し、夜道に消えていった。
途端に力が抜け、地面にへたりこんでしまう。

助けてくれた嬉しさと、情けなさと。


ぐるぐると止めどなくいろんなことを考えてたら、自分の周りがふっと暗くなって、ゆるゆるとそちらを見やると強引に腕を引っ張りあげられ、立ち上がる。
そのまま私の手首を掴んで歩き始めて、ガチャリともう片方の手でドアを開けた。
「雅治ー?アンタ何やってんの?」
居間らしき部屋から声がする。
「タニーがうちの前ウロウロしとったんが見えたんじゃよ」
お姉さんらしきその声にあっさり返すと2階へと上がり、部屋に私を入れるとドアを閉めた。





「さて、」

発される声にビクリと肩を震わす。
怒っている。普通怒らない訳が無い。

「とりあえず、こっち見んしゃい。」

有無を言わさない声色に恐る恐る俯いていた顔をあげると、ぺちんと乾いた音。
雅治が両手で私の頬を軽く叩いた音。

「何か言うことは?」

そのまま包み込まれた顔は動かせそうに無い。

「ごめっ、なさ…」

温かさがリアルに伝わると、さっき止まった涙がまたボロボロと溢れ出す。

「ごめんなさい、ごめんっ…ね、まさはる…わたっ…」
「全くじゃ。」

ぐにっと頬を引っ張る。

「ごめなひゃ…」
「それはどっちに対して?」
「どっひ、も…」
「よろしい。」

手をぱっと離すと今度は私の体を拘束した。

「雅治…」
「ったく…バカ。」
「ごめんね…ごめん、」

“雅治”と“ごめん”、2つしか言葉が出てこない。

「心臓止まるかと思った。
 タニーの声して窓の方見たらお前居るし。慌てた。」

そう、だって雅治が部屋のドアを開けっ放しで外に出るなんて有り得ないもんね。連れてきて貰った時に気づいてた。

「ありがと…。」


この人は私をとても大事にしてくれている。





「まさか来るとは思わんかった。」
「色々考えてたら怖くなっちゃって、来たのは良いけど…余計怖くなって…」
「バカ。」
「うん。」
「危ないし。」
「うん、」
「お前さんのこと愛しちゃってるから、心配した。」
「…うん…ごめん、なさい。」

ぎゅっと背中に回した腕に力を込めると、

「じゃあこれで仲直り。」

と言って雅治は私の背中をポンポンっと叩いた。

「…うん、大好き、雅治。」
「俺も…あーでも、」


急に私を拘束していた腕をゆるめると、こう付け加えた。



夜出歩いたけ、オシオキ。


そして、雅治は意地悪に―でもこれまでに見た事が無いくらい優しく、笑ったのだった。





ケンカのあとは






071027 うらばなし。 これは最後が書きたくて書きました。 ある話で使いたかったのですがそれを変え(をい)、新しく書きました。 書いてて分かりましたが私こういう話大好きですね。(笑 話なっが!! 話にもっと臨場感と場面転換力がほしい…orz 力不足… 神奈川県は未成年で23時以降に出歩くと補導される…はず。 うちの地域だけ?ってか普通どこでもそうですよね。