「…あ、にお、くん」







やたら気まずい。

クラスのお友達であり、尚且つ私が片思い中である仁王雅治君と出くわした先は産婦人科。
いや、ただ旅行の為にピル貰いに行っただけだから別にやましい事なんてしてないんだけど(そもそもする相手なんて居ないけど)、
産婦人科から連想されるイメージと言うと―まぁ妊娠な訳で。


お互い存在を認識してしまったからつい声をかけてしまったけど、うわぁ珍しい、仁王君固まっちゃってる。



―いや、違うか。

頭を冷静にしたくて首をブンブン振る。
この有り得ない事態に私の頭が固まってるんだと思い直し、深く息を吸って吐き出した。



「、…どっか、悪いんか?」

よし、喋るぞと腹を括ったら、驚いたことに先に口を開いたのは仁王君。
今の動作に心配してくれたからかもしれない。
やっぱり思い違いだな、仁王君がびっくりするとこって見た事ないけど。


「ああ、いや大丈夫、ちょっと産婦人科に…」
「え、」
「あ…!」

何とか軌道修正しようとしっかり笑顔を作って、ゆっくり落ち着いて返事をした―正しくはしようとした―口に慌てて手をあてるがもう遅い。
仁王君が見上げた先には複数の病院名が書かれた看板。
しまった、ここ病院ビルだから産婦人科って言わなくても良かったんだ。

ポーカーフェイスが得意な彼の顔が、一瞬歪んだのは今度こそ間違いじゃない。



「…おめでた?」
「ちがっ」

何でバカ正直に答えちゃったんだろうと自問自答。
頭を抱えたくなるのをグッと抑えて誤魔化すように下を向くと、身じろぎしたのが見えた。
仁王君、絶対勘違いしてる…。

「いや、隠さんでもよかよ別に。」

ちらりと見上げるとばっちり目が合う。
うろたえた私に向けるその生暖かい目をやめて頂きたい。

「ちがう!彼氏居ないし!」

好きな人に誤解されるなんて冗談じゃない。

必死になって否定すると、仁王君はホッとしたように短く息をついて、でもまた眉間に皺を寄せて呟いた。

「じゃあまさか強姦…!?」
「なっ」

仁王君の頭の中はどうなっているのだろう。
彼の思考に追いつかずフリーズしてしまった。
今の私、パソコンみたいだ。とんでもない式入れられてエラー起こしたような。

その沈黙を肯定と勘違いしたらしい仁王君は、勢い良く肩を掴んだ。

「そうなんか!」
「ちっが」

何でそうなるんだ仁王雅治、貴方お姉さん居るんでしょ!判れよ!
生理の調子とかただ薬が要るとか、産婦人科は安直に妊娠した人が行く所って訳じゃないんだから!
…と訴えたくても激しく肩を揺さぶられてはろくに返事も出来ない。

「大丈夫か?体は?つか精神的にキツいよな、相談乗るぜよ。もちろん誰にも言わんから。」

矢継ぎ早な言葉たち。
顔を覗き込んでくる彼に太刀打ち出来ない。心臓壊れる。
心配してくれたことは嬉しい。的外れだけど。

というか的外れだけに私よりある意味仁王君の方が、やばい。
ここは私が冷静にならねばと、仁王君を見上げた。



「だから」


聞いて、



そう続かなかったのは仁王君が私を抱きしめたから。


「一緒に考えよ、な?」
「に、おうく…」


今、私の許容範囲を完全に越えた。
どうして、とか、何で、とか。
目まぐるしく頭が回る中でポツンとある“嬉しい”だけが際立っていた。
説明なんて後にほっといて、寄り添ってしまおうかと考えたくらい。

でも、震えてる。
あの仁王君が、いつだって不適に笑っている仁王君が。
仁王君の腕から微かな震えが体に伝わってくる。
怒りか、心配か、それがどんな感情によってかなんて判らないけど、目が覚めた。
バカ言ってる場合じゃない。
頑張れ、わたし。



「私何もされてないしそもそもシたことないし仁王君しか好きじゃない!だから大丈夫!」



強く、はっきり。

大丈夫だと確証を持てるように言いたくて、でも放った言葉は


「…それは、」
「…う、ぁ…」



最悪だった。


さっきと同じく二人して言葉を無くす。

何さりげに告ってんの私!
てか何シたことないっていやナニだけどいやだから違う!告白として最低だ…

泣きたい叫びたい逃げ出したい。

とにかくこの腕の中から抜け出してしまいたいと切に願った。



「ごめっ離しっ…」

慌てて逃げ場を探そうとするけど無駄のようで。
さっきからまともに喋れてないのは全部仁王君が遮るせいだ。そうに決まってる。


「何もされとらん?本当に?」
「くるしい、におくん」

腕の中で暴れる私を押さえつける。
答えを返さないで見上げると、顔を片手でペタリと触りながらじっと見つめてきた。

「答えて?」

指先が冷たい。
反対に熱を帯びる頬から手をどけて欲しくて、必死に頷く。

「だいじょぶ、ほんとに。」

言うと頬から手が落ち、腕の力が少しだけ緩んだと判る。
今度こそ、彼の口から安堵のため息。



だけど私はそれどころじゃない。
問題が解決したこのタイミングで離れなきゃと胸を押すと、「じゃあ、」と続く。

“離れなきゃ”は違った、離して下さい。


「俺のこと、すき?」


核心に、触れる前に。


そう思うことすら許されないのか。
あっさり触れられてしまい困り果てる。

暴こうとする彼の目には、もう降参するしか無い。




今まで友達やってきて、今日の反応見て。
そうかもしれないと思っても、やっぱり不安だから。

一か八かに掛けて振り絞る2文字。


「…すき。」


場所もきっかけも日にちも内容もめちゃくちゃ、だけど嘘はない。


答えが怖くて俯くと、強引に上を向かせる手のひら。
優しい口付けが落ちてきて、耳元には言葉が届けられる。

「俺も、好きじゃよ。」
「にお、くん…」
「良かった、何も無くて。」

お前が無事で。

優しく抱きしめられ囁かれた腕の中で、ゆっくり目を閉じて身を委ねた。







という訳で誤解も解け、更に嬉しい誤算なのか、両想いだった私たちはその後お付き合いすることになりました。
今では笑い話、甘い告白を夢見てた私からしたらかなり落ち込む話だけど。

一つ問題があるとすれば―


「お前さんのハジメテは俺。」
「黙って下さいませ!!」


二人の始まりが話題にあがる度にニヤつくこの男を、何とかして欲しいと言うことかもしれない。







勘違いヒーロー






080523 バカにお書いたのって初めてですかね?お預けも入るんかな? 勘違いで狼狽える仁王君可愛くないですか!? 何かもう普通に萌なんですが!! てかこれ仁王から告らせる予定だったんですけど、気付いたらヒロインさんが言ってました。 全体的に暴走しすぎですねこの二人。 書いててめさんこ楽しかったですが。笑 と言う訳で、暴走仁王×ヒロインさんでした!