“指定されたもの、もしくは中学生らしいもの”

と校則で規定されたセーターとカーディガン。

何色なんて書かれてない、イコールそれは自由を意味する。
先生たちがチクチク言うのが気にならないと言ったら嘘になる小心者だけど、
これだけみんな好き勝手に着れば怒るなんて出来ないだろうという考えで今日も着る、色鮮やかなカーディガン。








いろ、いろ、なにいろ?







若草色だと言ってるのに誰も聞いてくれない。

“えびたま色”

見るたびにそう言われるんだからどうにもこうにも。
ちなみにえびたまはえびの卵の略だ。


「可愛いと思って買ったのになぁ。」


だいたい本当は深緑が良かったんだ、今年になって売らないなんて詐欺だ。



一人ぶちぶちと呟いていると、視界に入ってきたのは同じ色のカーディガン。
それは一瞬で目に焼き付いて離れなくなった。
マイノリティーとは言え珍しくはないけど、だってそれ着てるの仁王君だ。
どうしよう、顔がにやける。


仁王君は少し大きめの緑を纏って、窓枠にのし掛かって階下を眺めている。
その姿勢のまま微動だにせず、色も相まって一つの山のようで、彼だけが新緑の、まるっきり違う季節みたいに見えて笑いがこみ上げた。


いつまでそうしていただろう。不意に体を起こす彼。
視線に気が付いた―いや、気が付いていたのかもしれない。
振り向きざまに目があいそうになったので、思いっきりそらして教室へと駆け出した。



ガタンと音を立て席につく。
同時にうつ伏せになって顔を隠した。

まだバクバクいってる。
顔があつい。

お揃い、なんておこがましいかもしれない。
どうせ1週間後にはこの色の子が増えるんだろうし。
…気に入ってたのにな。

似合う人が着るんだから良いか、嬉しいやら悲しいやら。

流れていく思いに、頭がぐるぐるする。

ああもう、かっこいい。
ずるいなぁ仁王君。

結論がそこに到達する辺り、どうしようもないなと自分に呆れた。






翌朝、はたと思い至ったのは、人が多いにしたって、“今”この色を着る人自体は少数派だってことで。
何もしなくても数日間は目立ってしまう。しかも悪い意味で。

視線が痛いの、やだしな…

自分で考えたくせにそれに否定できる要素はあまりに少なくて、仕方なく去年のグレーを箪笥から取り出した。




「おはよ…ってアレ?今日はえびたまじゃないじゃん!」
「多分もう着られない。」
「へー、何か女子が急に着始めたから、アンタが時代の先駆者にでもなったのかと思ったのに。」


学校に着くと同時に始まった友人との会話にツキンと胸が痛んだ。
ああ、もう…なのか。
どうやら仁王雅治という人間の人気を、私は測り損ねていたようだ。


「仁王君が着てるからだよ。」
「あぁ…」
「なるほど…」


単純明快な理由であるが故に納得してくれたらしい。


「で、アンタは気分共々グレーですってこと?」
「気分はブルーでしょ。」
「うっさいなぁっ…!」


そこに意地悪を足さずに居てくれたならスッキリ済むものを。
図星で反論出来ない私に、友人たちは苦笑しながら頭を撫でた。








「」


私の名を呼ぶ声は掠れていて、なのに妙に艶やかだ。
部活に向かうために移動しようとしていた私は、その声にギクリとしてしまった。

過去、同じクラスになったこともあるのに、初めて呼ばれた気さえする。


「に、おうくん?」


恐る恐る名前で返せば、


「何で変えたん?」
「え?」
「だから、何で?」
「いやいや、何が?」


呼び止められて早々、ハテナマークの応酬になってしまった。
趣旨が掴めない。ついでに私が彼と、出来損ないの言葉のキャッチボールをしている理由も。

仁王君は埒があかないそれにため息をついて、コレだと言わんばかりに自分のカーディガンの胴体部分を引っ張った。


「なんで、知ってるの…?」
「それくらいは、な。」


呆然と立ち尽くす私の口からは知らず知らずに言葉が零れて、仁王君は浅く笑う。


「―いや?何でじゃろ。」
「…」


わざわざ言い直さなくったって良いじゃないか。
そんな風に返されたって困るのに。
戸惑いはそのまま態度に行動に表れてしまう。

すると仁王君はまたため息―今度は後ろ頭をくしゃくしゃと掻き乱しながら。
何だろうと伺い見ると、彼は廊下のタイルに瞳を沈めて、躊躇いがちに口を開いた。


「折角、似合っとったんに勿体なかよ。」


いつの間にやらシン、と静まった廊下に仁王君の声だけが響く。


「それに、わざわざ買ってきたんに、お前さんが着んとお揃いにならん。」


私は今、どんな顔をしているんだろうか。
口角が上がろう下がろうと攻防していて、体中が熱くって、泣きそうなのに笑いそうだ。


「おそろいなの?」
「ん、疑似お揃い。」
「仁王君、意外に可愛い。」
「うっさい。」
「…他にも着てる子居るけど?」
「お前とだけお揃いじゃから。」
「そっか。」
「うん。」


ドキドキしてるはずなのに、二人して冷静なフリしてるのが妙に楽しい。

そっか、仁王君の色は私の色、だったんだね。

優しい緑に心まですっぽり包まれて。






いろ、いろ、なにいろ?


       ―きみのいろ。






じゃあ本当のお揃いでおんなじボタンつけようかって言ったら、仁王君は嬉しそうに笑った。









090918