不覚だ。

こんなあっっっっつい日に、

こんなあっっっっっっっっつい日に、タオルを忘れるなんて。


日差しは容赦なく照りつけ、汗はダラリと頬を伝い顎から滴り落ちて行く。

休憩の合図で木陰に座り込んでからと言うもの立つ気力も起こらず、水場でハシャぐ丸井先輩をじとりと眺めているだけ。
あっちに行く気も起きない。
いつもならギャーギャー言ってんのに、何でだか。





「き、切原くん」

少し上擦った声が夏の空気に溶けた。

聞き逃しそうだったその小さな声に反応できたのは、多分その声に媚びた響きが無かったからだろう。
こんなクソ暑い中でベッタベタの甘い声なんて出された日にゃあマジギレしかねない。


「なに?」

誰だか知んねーけど呼ばれたからには返事を、と思った。

それでも幾分か不機嫌な感じになってしまったのはこの熱気に免じて許してほしい。
なんて都合良いなと苦笑いしつつ見上げると、不安そうにこちらをのぞき込んでる女子。



…ダメだ、コイツ誰だっけ。


去年、同じクラスに居た…気がするけど。
その程度の認識、つまり喋ったことなんてほぼ0なヤツ。

それがまた、どうして。


厄介に思いつつも邪険には扱えねぇし、ああめんどくさい。
失礼な言葉のオンパレードだ。
それすら仕方ないと切り捨てたくなる俺は、イヤなヤツなのかな。




「これ!」

焦点の合わない視界に突然写し出されたのは、水に晒されて少し透けているハンカチ。

「…なに?」

冷たくて良さそうだと思う反面、理解できない。
苛立ちを端に含んで問いかけると、名前も知らない彼女は少しだけ肩を震わして、あの…と今にも消え入りそうな声で言葉を紡いだ。


「切原君、タオルないでしょ?
 今すごく顔赤いし、熱中症になっちゃうといけないから…」
「え、あ…」

思いがけない内容に、はっと目が覚めた。

そういえば心なしかダルいかもしんない。
今日は部長が相手してくれるからってやけに練習に夢中になったし、最後に水分取ったの、いつだっけ?


「お節介だとは思ったけど、倒れたら大変だし。
 良かったら使って…ください…」

語尾は消えてしまうほど小さな小さな声で、顔なんか言ってるコイツの方がきっと赤くて。

だけどそのお節介を拒むなんて考えも無くなって、気付けば手を出して受け取っていた。




汗を拭うと、淡い青のハンカチはうっすら茶色くなってしまって、柄にもなく焦る。

「わ、わり!砂ついちまった!」
「大丈夫、気にしないで!!
 早く水分、取った方が良いよ!
 じゃ、じゃあね!」

最後の最後、早口でまくし立てると、くるり、スカートと共に身を翻した。
勢い良く走り去る後ろ姿に、むしろアイツが倒れちゃうんじゃ、とか心配して立ち上がる。
ああ、ちくしょう、今名前が分かれば。
俺、ありがとうも言ってない。

言い知れぬ感情と夏の暑さがぐちゃぐちゃになって苦しい。



手の中のハンカチは、かなりぬるくなったはずなのに、何故かずっと気持ちよかった。








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