「髪がうざい!!」

有川家の“りびんぐ”で殿が絶叫したのは、夕餉を終えた後のことだった。

「?」
「さん?」
「どうしたの、」
「前髪が鬱陶しいの!将臣君の襟足くらい鬱陶しい!!」
「ってめ…!」

皆が振り向き、口々に彼女の名を呼ぶ。
そんな中、将臣殿本人にすっぱりと告げる殿は大物だと思う。

「じゃあ切ってやるよ、。」

―などと淡々と分析していると、将臣殿が手をハサミのように動かした。

「やだ!将臣君がやったらパッツン通り越してバッツンだよ!」
「あー、言えてるかも。」

神子も楽しそうにその会話に参加する。

「お前らなぁ…」
「でもさ、せっかく“びよういん”があるんだから行っておいでよ?」
「…んー、そう、なんだけどね?」

呆れと怒りの折り合いがつかないらしい将臣殿を見て助け船を出す景時殿だったが、殿は口ごもってしまう。

「え、どうしたの?」
「私が暇な時は、出来る限りみんなと居たいかなって。」

神子が首を傾げると、ぼそり、皆に辛うじて聞こえる声で呟いた。
膝に埋めた頬は、少し赤い。

「っもー、可愛いーっ!!」

神子が殿に抱きつく。

「の、ぞみっ苦しい!苦しいから!」

照れて更に真っ赤になる殿に、あたたかい視線が注がれている。


優しく、可愛い人。


私たちのために、そう思ってくれるだけで、胸がいっぱいになるのを、貴女は知っているのだろうか?




それ以来、私にはこの日のこのやりとりがずっと消えずに残っていたのだった。











「譲、これは何だ?」

皆で買い物に出掛けた折、用途は判らないがキラキラと光る小さく―愛らしいものを見つけた。

「あぁ、これは女性の…簪みたいなものかな。髪を止めるのに使うんだ。」
「ふぅん…この時代の物も可愛いね。」

ヒノエが見定めるかのように手に取り頭上にかざす。

「まぁ男はそうそうつけないよ。欲しいのか?敦盛。」
「いや、私には…必要ない。」

姫君たちにあげたいよね、と笑うヒノエとは対称に訝しげに尋ねてきたので、ゆっくり首を振ると、

「そうだよな」

と譲も笑った。






それでも譲が会計をしている間、また戻ってきてしまった自分が居て。

ヒノエと同じように手にとって眺めていると、

「よ、敦盛。」

と後ろから声をかけられた。

「将臣殿…」
「これ、いかにも似合いそうだもんな。」
「そんなっ…私は別に、」

誰に、とも言われて居ないのだ、語るに落ちている。
この時の私にはそんな事に気付く余裕すら無かったが。

「OKOK、判ってるって。これ、プレゼントで頼むわ。」
「かしこまりました。」

将臣殿は慌てる私の頭をポンポンと叩いて、それを店員に差し出す。

「将臣殿、」
「やりたいんだろ?アイツに。」
「…っはい…」

力強い視線はこんな時まで迷いが無くて。
かなわないと思った。









「殿、これを。」

渡す機会は案外すぐに訪れた。
ちょうど皆が席を外し、部屋には殿と将臣殿と私だけ。

「何?」
「将臣殿が、」

いつになく指先に力がこもる。
緊張を悟られないように差し出すと、すかさず将臣殿が

「見立ては敦盛だぜ?」

と切り込んだ。
元々黙っているつもりだったので否定しようとしたが、嬉しそうな顔をされると何も言えなくなってしまう。
ゆっくりとした動作で包みを開ける殿に、鼓動が速まって行った。


淡い色彩の髪留めが、殿の手のひらに触れる。

「どうしよ…、余計に髪切れない。」

震える声と振り向いた顔の赤さが愛おしくて。




キラキラと光る花が2輪、私の目の前で揺れた。
















090509