雪景色を見ても、今までは出来なかったこと。

世間体も気になったし、こんなすごい雪を見ることもなかった。
今なら一人だし、やっても構わないだろう。



顔から白銀の絨毯にダイヴして、うつぶせに雪を眺める。

「つめたい、なぁ。」

音もなく、淡々と降ってくる雪は、少しずつ私にもつもってきているだろうか。
真っ白な衣を纏うのも楽しいかもしれないと、雪面を眺めた。







「さん!?」

強く腕を引かれて、心臓が飛び跳ねた。
驚いて振り返ると、

「べんけ、さん…?」

青い顔をした弁慶さんが、立っていた。

「何を…何をやっているんですか、貴女は!」
「えぇと、その…雪見です。」
「…雪見?」

珍しく声を荒げて怒る弁慶さんに気圧されながらも、事実を告げる。
眉を顰めるその顔は…はっきり言って怖い。

「雪が降ってくるのが、きれいだなって。」

そう、ただ地面を厚くしていく雪を眺めていたのだ。
意外に飽きないもので、十分ほどはそこに居たかもしれない。

「倒れているのかと思いました。」

ぼそっと語る弁慶さんは、何処かふてくされているように表情を隠す。

「え、」
「氷のような冷たさで、正直心の臓が止まるんじゃないかと。」
「あ、そ、か…」

確かに、庭に寝ころんでいたら倒れているように見える。
それが裏手ならば尚更だ。

「ごめんなさい…」
「本当に、」


“やめて下さい。”

ため息と共に吐き出された思いが、不謹慎だけど少し嬉しかった。



「僕の心の臓が君よりも先に止まってしまいます。」

そう言いながら弁慶さんは頭上の雪をそっと払ってくれた。
運が悪いのか、それが着物の衿元にするりと流れ落ちる。

「ひゃっ…!!」

ぞくり、肌が粟立つ。
それを聞き逃すような弁慶さんではなく、ふっと笑む彼から目が離せなかった。

「女性は、身体を冷やしてはいけません。
 早く部屋に戻ってしっかりあたためましょう。」
「あ、はい…」

だけど、弁慶さんは存外普通の反応で。
それに呆気に取られてしまい、

「今濡れてしまった背は、僕がしっかり拭いますからそのつもりで。」
「あ、は…い?!」
「返事、しましたね。」

―そして、謀られた。


悪戯が成功して笑む弁慶さんは子供のようでしっかりとした大人で。

心配してくれたトコまでは良かったのになぁと、この先の展開に目眩を覚えつつ、緩く掴まれた手を握り返した。















090206