あなたを守る、ポーンたちを捨てないで
どうして貴方が戦うの。
いつだって、ボスはチェスにとても弱い。
弱いのにいつも私に挑んでくる。
負けるのが判っているのに、どうして挑んでくるのかしら。
「チェック」
「え!? どこからっ!!」
私は右から四番目のビショップを指した。
一喜一憂しながら考えるボスを見て、がっくりとうな垂れる彼の姿を目に映す。
嗚呼、これで三十戦三十勝。
それでもまだ戦うのでしょうか。
これでもキャッバローネのボスなのかしら。
「…チェックメイトです、」
頭を垂れた金髪が木洩れ日に反射して、私は目を細めた。
別にボスを笑ったわけではない。決して。
私はチェックしたクイーンでボスのキングをチェス盤から落とした。
コトリと仰向けにキングが倒れる。
ボスはボスで、奇怪な叫び声をあげている状態です。
いい加減、私に挑むのを止めればいいのに。
それか戦法を変えればいい。
ボスは弱くないのに、捨て駒が全く無いのがいけない。
どうしてポーンを守って、ナイトを使うの…。
「ボスは少し、捨て駒を用意した方がいいですよ」
私が取った白のチェス駒を、ボスの陣地に返しながら言葉を紡いだ。
ここはボスのアジト。
私には知らないことばかり。
このアジトはイタリアの辺地だけど、私は本拠地すら知らない。
この前はジャッポーネの…ボンゴレって云うマフィアのボスに挨拶に行ったとか仰っていた。
やっぱり問題を起こした・って、ロマーリオさんがぼやいていた。
私には、何も云わなかったけれど。
「大切な仲間をか!?」
「それで負けているヒトは誰ですか。」
「くぅ…」
ボスはチェス駒の上に額を乗せた。ナイトが痛くないのかしら。
と、やはり痛かったようで、机の上にするすると横移動する。
何度見たでしょう、このボスの情け無い姿。
私はチェス盤をひっくり返して、その中に駒を入れはじめた。
そろそろボスが帰る頃。
私の陣地の方には、いつもボスが使う白い駒がいくつも転がっている。
一方私の黒い駒がボス側に行く数は片手で足りると云うのに。
今日の戦利品は、キングとクイーンにビショップが二個、それからルークとナイトが一つずつだ。
おかしな話だけど、ボスと戦ってもポーンだけはあまり取れない。
今日は一個だ。
ボスは、チェスでポーンを捨てない。
けど、代わりにクイーンを捨てる。不思議。
チェスの中でクイーンは最強です。キングよりも強い。本当に強い。
なのに捨てる。
まぁ、私が取っちゃうんだけど。
「肉を切らせるつもりなら、クイーンじゃ犠牲が大きすぎます。」
「…ふぁい」
ボスは生返事の後に首だけをテーブルに乗っけて、私の瞳の奥を覗き込む。
これがとても怖い。
怖い。
私を何処かへ連れて行くつもりも無いくせに、どうしてそうやって私を揺さぶるの。
だけどそれを逸らすことも出来なくて、いつもボスから視線を外すのを待っている。
そのうちボスが本拠地に帰る時間になって、次に会えるのは次の金曜日。
嗚呼、ボスは私をなんだとおもっているって云うの。
どうして会いに来るの。
☆
誰かが云った。
あのこを、いつ連れてくるのかと。
は美しい。
は強い。チェスに。特にクイーンを使わせてはいけない。
そして、はやさしい。とてもやさしい。
なら、そんなに言葉を羅列するのなら、どうして連れてこない。
そんなの、俺が聞きたいくらいだ。
黒のクイーンを持って、彼女はまたきわどいところに持ってきた。
そろそろ危うい。今日は妙にじっくりと戦略を作っているのだろうか。
「なんで、クイーンは強いのかな」
俺がそう云うと、思考を一時停止して耳を傾ける。
嗚呼、駄目だ。
そんな風に、
「どの時代も女が勝つものです」
…毒を吐かないでくれ。
しかしの云うとおりだ。
女は怖い、本当に。ファミリーの奴等を見ているとつくづく思う。
どんなものでも利用するし、ボスの命あればとスパイにもなる。
――それは彼女にも云える事だが。
彼女は何処かのマフィアを遠縁に持つ姫君で、しかもそのマフィアは俺の敵対する奴等なんて、
こんな御伽噺みたいなことは無い。
あの主人公は毒サソリの元彼と同じ名前だったか。
そう云えばツナはまだ生きているだろうか。
リボーンに負けてねえかなぁ。
九代目もまだ元気だといいなぁ。
と、物思いに耽っている間にが何か云ったような気がする。
なんだろう。
聞き返したら失礼だし。
チェス盤に眼を落とすと、いつの間にか黒いナイトとクイーンが俺のキングを狙っていた。
…とてもピンチでは無いだろうか。
だがしかし!
今日の俺は一味違う。
思わぬ伏兵がオマエを待っているのだぞ、。
敵地に入ったポーンは好きなキング以外の駒になれるのだ。
つまり、一番強い…キングよりも強いクイーンになれる。
そう、今の俺のポーンはそのクイーンなのだ!
ポーンだって俺のは強いんだぜ、!
「チェックですよ、ボス」
「これでどうだ、!チェックだ!」
としかし、そのポーンは黒いルークにあっさりと取られてしまう。
完璧だと思ったのが悪いのだろうか。
それともが居る前で毒サソリのことを思い出したのがいけなかったのだろうか…
とにかくキングを避難させて、に挑んでみる。
「チェック」
…あっさりと負けました。
何だか哀しくなってくる。
暫く俯いていると、が薄い唇で言葉を紡いだ。
「ボスは優しすぎるのです、ルークまで守ろうとする」
ルークは城。
ポーンは兵。
俺はそれを守る。
で、いつもチェックメイトだ。
守れるのならば何だって守りたいのは、俺がボスだからなのだろうか。
それとも、リボーンが云っていたからだろうか。
「キングのタメの兵なのに、キングに守られたら空しくなりますよ」
「そっかー?」
「…そうです。」
俺はテーブルに首だけ載せて、の顔を見る。
は伏せ眼がちにチェス盤を見つめていた。
長い睫毛が揺れる。
何処かへ連れて行けたらいいのに。
このこを、鳥籠から放してやれればいいのに。
それすら叶わないなんて。
「俺のための兵なら、俺が守ってもいいんだろ」
は顔をあげた。
また真っ直ぐに此方を見てくる。
嗚呼、どうして。
どうして、こんなにも。
「前にも云っていました、ボス」
「え、何時。」
「ずっと前。」
私を拾った時に、云っていました。
の頬がすこし紅くなる。
云ったっけ。憶えて無いね。
確か、を拾ったのはリボーンがまだ居た頃だし。
拾ったと云うのは語弊があるが、とにかく拾った頃だ。
そのトキからって、えらく長いね。なんて長い片思い。
永遠に近いんじゃあないだろうか。
「ボス、チェックですよ」
「チェックメイトです、姫。」
はチェス駒を片付け始める。
その内俺が帰る時間になって、は俺を見送る。
そして、また次の金曜日。
嗚呼。
「ボス」
嗚呼、ボスが帰る頃。
私が知らない世界。
踏み出したなら、私は壊れてしまうのかしら。
「…じゃな、」
彼女を壊してでも、連れて行くほうがいいのだろうか。
俺にはどうか判らない。
だけど。
「明日、会いに来るよ」
明日、チェックするんだ。
ファミリーを引き連れて、チェックメイトさせてやるんだ。
「…待ってますよ」
チェスは終盤。
明日も、クイーンがキングを刺すの。
ボスは、私を連れて行くでしょう。
ポーンを切らせることも無く、自分が取られてでも。
ボスは強いから。
ボスについて知ってるのは、それだけなのです。
「またな」
貴方が戦う、チェス盤の上。
貴方と私。
金曜日、勝つのはどちらでしょう。
廃墟には、チェスのクイーンの駒が転がっていたことと
マフィアの抗争に巻き込まれた姫君は、そのマフィアに連れて行かれたのじゃないかと
イタリアの新聞の隅に小さく載っていた。
☆☆☆
おめでとうお姉さん。
これ、一応跳ね馬(マダデ)です。
お眼汚し失礼しました。
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狭霧です。妹が書いてくれましたワォ。
色々強いですこのこ。なんていうか身内誉めるのもアレなんですが正直びっくりしました。
ありがたくもらいます。サンクス。
すてきないもーとをもってぼかぁしあわせです。
モドル