あきらめなくていいのなら、わたしがのぞむのはひとつだけ。 目を瞑ってその時を待って。 唇を噛み締めた刹那、バンッと一際響いたドアの音。 「大きな音が壊すのは、何も大切なものだけじゃ無いよ。」 トンファーが軌跡を残して、鮮やかに舞う。 ゴンと鈍い音をさせて目の前で倒れたのは、私に銃を向けていた男。 その向こう側に、見えたのは黒。 「ひ、ばり、さん…」 あまりの展開の早さに、頭が回らない。力が入らない。 うそだと、思った。 本当だと、判った。 しっかりと縛られた縄は私の腕に赤い痣を作って、額から流れる血はリアリティがなくて。 唯一、目の前の人だけが信じられる世界だった。 無言で血を拭ってくれる雲雀さんは温かい。 そっとその手に触れてみたらやっぱり温かくて、ああ、わたしは生きている。 「、諦めが良すぎるよ。」 「ひば、」 「何で僕がこんなに心配しなきゃいけないの。」 「ひばり、さん」 喉が震える。 だだっ広い部屋に、彼とふたり。 空間をあの静寂が支配する。 「第一きみは、」 「ひばりさん…!」 抱きついた拍子に、血が滴った。 でも、何でも良い。今は構わない。 「ちょっと…?」 「雲雀さんひばりさんひばりさんひばりさん…!」 こんな声をあげたのは、何年振りだろうか。 壊れたようにしゃくりあげる私を見て諦めたのか、雲雀さんが背をあやすように叩いてくれた。 「ひば、りさん…」 「少しは落ち着いたら? このままじゃ、どっちも話せないよ。」 「うん、わかって…る、」 のどが痛い、息が苦しい、言葉にならない。 そのすべてを、失わずに済んだんだ。 「ねえ、雲雀さん、すきです。大好き。」 一つ息をついて、溢れる感情をそのまま彼に伝える。 雲雀さんはそんな私に面食らったようで、一瞬目を見開いたあと、眉間に皺を寄せた。 「意味判んないよ。」 「…うん、好き。」 「そうじゃなくて。」 「すきです、ひばりさん。」 「っ…」 壊れたみたいに同じことしか言わない私の肩に雲雀さんの頭がコンと乗った。 そしてゆっくりと腕が回ってくる。 「まったく君は、何にも判っちゃいないね。 愛の告白はこんな血溜まりの中でするものじゃないと思うけど?」 「…意外とロマンティストなんですか?」 「バカ。」 軽口叩きながら、自然と笑みがこぼれた。 こうして腕に抱かれるのが、随分久しぶりな気がする。 何だかとてもくすぐったい。 それがとてもあたたかい。 「君みたいなの、僕がついてなきゃ大変なことになるでしょ。」 「うん。」 「だから僕が、ずっと居る。」 「…うん、」 囁きかけてくる優しい声に、私はもっと嬉しくなって、尚更強く抱きしめて。 諦めたくないわたしの唯一は、小さく笑ってから私の唇に触れました。 幸福の音 100224 ←