「っあ、また間違えた。」



放課後の教室で一人、座席表を書いていた。
文明の利器が普及してる中で、悲しきかな、手書きでやらなきゃいけない訳です。
こういう地味な作業、嫌いじゃないんだけど。
困った点が一つ。


「うわー…ボコボコ。」

どうしても一人、間違えてしまうんデス。
しかもよりにもよってそれが

「やまもとくん、かぁ…」

ダイスキな彼、だったりする。






「どーして、山本君かな…」

何度目になるか判らなくなった修正液のキャップを開け、ボールペン字の失敗を塗りつぶす。
参りすぎて一人ごちる言葉に、

「呼んだかー?」

本来返ってくるはずの無い返事。

「のォう!?」

夕方の教室、そりゃ人の出入りだって無いわけじゃないけど、タイミングと相手が悪い。
静寂を切り裂いてツカツカと歩み寄ってくるのは、言わずもがな山本君。

「あー、座席表が書いてんのかー。お疲れさん。」
「え、あ、や、えーと、うん。ありがと。」

人気者の彼と二人なんてよっぽど運が良いはずだ。
嬉しい、嬉しいけど、出来れば今この場には来ないで欲しかった。
だって何で!何でよりにもよって今!?
お願いしますこの瞬間だけは勘弁してください。
そんなこと言えるはずも無く、曖昧に相づちを打つ。


「って、俺の名前だけボコボコじゃん。」
「げっ…!」

願う甲斐なく更に接近してきた彼は、座席表を覗き込んできたかと思うと、
目ざとく自分の名前を見つけて不服そうに口を尖らせ、言う。


「俺の名前ってカンタンじゃねー?」

はい、それは確かにその通りです。
武士の武、小学校で習います。

「や、その…」
「獄寺の方が難しいだろ?」

あわあわと言葉を探す私を後目に、一発で書けた彼の名前を見やり指でなぞると、今度は口をへの字に曲げた。

「もしかして、俺、何かした?」
「しししし、してない!ありえないって!」

すごくどもったけどそこだけはちゃんと否定する。
難しい漢字は逆に注意するし、つまりは私の注意力散漫とボールペン字の苦手さと少しののぼせが原因だ。
だからそんな顔、しないで下さい。


「そうか?…、ひょっとして俺のことキライ?」




眉間の皺を少し深くして尋ねられたのは、それこそ



「キライな訳ない!むしろ大好き、だもん!」


ありえない。
立ち上がった弾みでガタンと倒れるイス。
その音がやけに大きく響いた。








そして次の瞬間には自分のしでかした事の大きさに気付く。

やばい、死んだ。






勢いって怖い、そう考えながらとりあえず反射的に直したイスに座る。
割と余裕…な訳もなく、気まずすぎて顔が見られない。

「ははっ、そっか。じゃ、練習しようぜ?」
「え?」

だけど山本君は、私にとって大告白になってしまったそれに反応しないばかりか、
突飛すぎて理解できないことを言って私の手を上から包みこんで握り、「行くぞー」と笑った。


「ちょっ、痛い!」

ぐいぐいと引っ張られて近くにあった別の紙の上に出来上がったのは、いびつに歪んだ“武”という字。

「はい、んじゃ次が書いて。」

手から解放されたと思いきや、今度は私を凝視。
まだ握られた手に痛みを感じるけど、それに気を取られている場合じゃ無さそうだ。
間違えられないと一緒に書いた字を見ながら隣に書き記す。

「出来たじゃん。じゃー本番。」

息をつく間すら与えられず、彼は座席表を私の前に置く。
山本君が目の前に居る。しかも何考えてるか判んないのに失敗なんて、出来ない。



緊張気味に書いた字は少しバランスが悪かったけど、それでもちゃんと。

「上出来、」

だそうです。
言葉と共にくしゃりと頭を撫でられてくすぐったい。
今までのことなんてたった5分くらいのことだったのに心臓が壊れてしまいそう、だ。
彼に触れられた感覚が妙にリアルに残っていて、頭の中は大パニックになる。









そしてそれを増長させることを、しでかしてくれちゃうんだよ、山本君は。

「んじゃ、次から間違えんなよ!」

ちゅっと頬に柔らかい感触。



「…え!?」

とっさに頬を押さえて山本君の顔を見ると、

「彼女に間違えられたらサミシーだろ、俺。」

と言ってにっと笑った。




誤字の功名?
		たった一字にも愛を込めてよ。



「てか、次間違えたら…どーすっかなー?」
「え゛!」




071124 妹にネタ見られて泣きたくなった一品です。(同属ですが。はは。 高校の時に思いついた話をリメイク。 武を勢い良く書くと、戒のノの部分(って判りますかね…)がつきます、何故か。