雨の日は否が応でも思い出す。

アイツの笑った顔、バッターボックスに立つ姿、骨ばった手、大きな背中、優しいぬくもり。
晴れの日が似合う彼なのに、おかしいよね。

だから最近は、雨の日が少し憂鬱だ。





「今日も、雨。」
「何よ、梅雨なんだから当たり前じゃない。」
「…うん。」
「あんた雨嫌いだっけ?」
「嫌いじゃないよ。」


友人との会話で、窓の外に目を向ける。



部類としてはむしろ好きかもしれない。


たくさんの傘が花開く街並み

雨が降る前の独特のにおい

耳を流れていく雨音


好きな、部類だと思う。



大地に恵みをもたらすのが、雨。
だとしたら私を満たす君は雨の化身?
だけどこんなにずっと囚われたまんまじゃ、土が腐っちゃうよ。
ちっちゃな器から溢れて、無くなっちゃうよ。






陰鬱な気分を振り払いたくて、ゴツ、と音がするくらい勢い良く机に頭を乗せた。
無駄な抵抗だと判っていたけれど。


「あめの、ばーか。  …たけしのばーか。」


薄暗い教室の中で呟いた言葉は、雨音に溶けて流れていく。
今日の雨は酷く冷たいようだ。

ざぁざぁ音がする。

好きなのに、泣きたい。






「何で俺がバカなんだ?」
「…たけし…。」


雨音だけの世界を壊して、教室に響いた好きなひとの声。


「いや、確かに勉強とか判んねーけどさ。」


苦笑いしながらも近付いてくるもんだから、どんな顔して迎えれば良いのか判らなくて、うつぶせのまま口を開く。


「雨を見ると、武を思い出して鬱になる。」
「鬱って…ひでぇなー」


また、苦笑い。
ひどくなんかないよ。

ゆっくり起き上がって伸びを一つ。ため息に似た言葉を吐いた。


「これ以上武でいっぱいになったら、私が腐っちゃうよ…」


腐敗する、そう続けると、


「つまり俺、水なのか?」


と、実に天然君らしい一言が返ってきた。


「そう…かな、ある意味。」


すごいな、この順応の早さ。
いや、先にこの曖昧な話をしたのは私か。

口に出さないまま、悶々と一人会話を繰り広げる。



そうしたら、「そっか。」と、やたらに嬉しそうな声が耳をくすぐった。


「…なに?」
「熱で膨張して飽和したら気体になってさ、それこそ俺でいっぱいじゃん。
 雨で止まらない。ずっと包んでられるだろ。

 俺、水で良いかも。」


武らしからぬお勉強知識に、驚く。
だけれども随分と気恥ずかしく感じ、思わず悪態ついてしまう。


「熱なんて、出ないもん。」


むくれる私ににゅっと腕が伸びる。
しゃがみながら抱きしめるのって大変そうだな。
立て膝になった武のぬくもりが、少しずつ私にうつっていく。


「こうやって抱き締めてたら、大丈夫だろ?」
「…ちょーしいいんだから。」


武がニカッと笑う。
私がそれに呆れる。

だけど、ああ、確かに熱くなる。



調子良いのは私の方だなって思いながら、胸に寄りかかった。







    空気まで全部君でいっぱい。








なら今度は好きすぎて窒息するのかな。









090111