午後から働き始めた女―確かタメだったか―、少し様子が変わった。
いや、確実に何かが違う。
昨日は憔悴しきっていたのに。
一晩であんなに切り替えられるもんかのぅ。
俺だって表に出さんが正直参っているのに。
切り替えたと言うよりは…いや、どうせその“何か”が判らないんだから考えて
も無駄か。
そのくせ、苦しそうな様子は変わり無かったりするのが余計に謎だ。

変わった点と言えばそれだけでは無く、やけに手塚と跡部に絡まれている。
手塚はともかく跡部…海側のアイツが何の用だ?
元々少しばかり(いやかなり)信用出来ん跡部だ。


少しカマかけてみるか…



標的は食堂でガチャガチャと皿を洗っていて、俺がかなり近くに来ても気付いとらんようだった。

「のぅ、」

俺の声に過敏に反応する。
彼女は若干怯え気味に皿を置くと、そっと振り向いた。

「なっ…何、仁王…君?」

だっけごめん。
と謝られる。
ものすごく他人に対して警戒を示している。
まるで傷を負ったノラ猫やの。

まずはこれを何とかせんとな…

「おぅ。大分ようなったか?」
「あ、ありがと…」

少し労りの言葉をかけると、それだけでふにゃと顔を崩した。
体調不良が嘘と言う訳じゃないらしく、白い肌が更に色を失っている。

本当に大丈夫かの…。

違う。目的を忘れるな。
とりあえず少し油断した今が聞き時だ。

「何を知っとる?」

こう質問をすると、少し眉を動かした。
人を観察するのに馴れていると、こういう時に便利なのかもしれない。

「何って、何?」
「昨日までは遭難って聞いて顔青ぅしとった人間が、普通に作業出来るとは思えん。」
「そりゃ軽く泣き叫びそうだったけど…死活問題、なんでしょ?
 それに顔が青かったのは体調不良も含むよ。」
「ふぅん」

そんな言葉には興味無い。
もう少し掘り下げてみる事にする。

「けど、何かあったのは確か。
 今のお前さんからはすげぇ負い目を感じるぜよ。
 ―例えば」

わざとらしく間をあけて見据えれば、緊張と集中がこちらに向くのが判る。

「秘密を握った、とか。」

薄く笑みを浮かべて言えば、サァと一瞬で血の気が引いた様を見ることが出来た。
図星か。嘘をつけんタイプなんだろう。
という事は跡部・手塚も関係してるのか。
後は見えたようなモンだ。

船で出会った時、彼女は何かを持っている気がして、もう少し面白くなるかと思っていたが。
引っかきもしない従順な猫だった事に、多少落胆しなかった事もない。



だが、この状況でコイツは予想外の行動に出た。

「大丈夫?あたま打った?」

笑ったのだ。
隠し事があるのはバレバレだったが、それでも俺が呆気に取られる位毅然として。
すんなりと吐くか、思いっきり動揺して逃げるかと思っていたのに、とんだ思い違いだ。
簡単に言う気配は全く無い。

発されたさりげない暴言も気にならなかった。
かえって少し慌てた自分に何とか仮面を被せる。

「ま、秘密は秘密じゃ。簡単には喋らんか。」


久々に興味を引かれた。
その秘密に?コイツに?

どっちでもいい、退屈しのぎになりそうだ。


「暴いちゃる。覚悟しんしゃい。」


さぁ、ゲームを始めようか。




070825