「おーい、」 洗濯が終わったので一息つこうとしたら、急に後ろから声をかけられた。 そういえば山菜採りとか言ってたか、少し顔に土が付いた仁王が私を手招きしている。 何かと思って洗濯カゴを置いて近寄ると、 「やる。土産じゃ。」 と、素っ気なく花を一輪手渡された。 「…え、何。どしたの?」 思わずドキリとした。 基。めちゃくちゃドキドキした。 まさか仁王が、私に何か贈り物的なもの―しかもこんなに可愛い―をくれるなんて、思いもしなかったからだ。 なのに 「旨いから食っとき。」 「…は?」 仁王の口から出たのは、思わぬ言葉。 「ほら」 呆気に取られている私の手から花を奪い取ると、花びらをブチリと食いちぎった。 「ナカナカぜよ。」 ん?と笑いながら花を再び私に寄越す。 おお、花を食べる麗人だ。無駄に様になってる。 花が似合う男というものを初めて目の当たりにして、呆けて(惚けて?)一瞬忘れた。 花を食べられた事を。 「のがーばか!あほ!」 何してくれるんだ! 私は思いっきり花をひったくると、ポカンとしている仁王を置き去りにした。 越前リョーマと桃城のヤローから山菜採りの自慢話を聞かされてイライラしていた俺は、 洗濯場になっている川っぺりに足を浸けて佇む先輩を見つけた。 「先輩!」 先輩は振り向きざま少し不機嫌な顔をしていたけど、すぐにヘラっと笑った。 「どーしたの赤也君。」 「どーもこーも無いッスよー」 とぼやきながら隣に座り込むと、一点に目が行った。 「あ、食える花! 俺も食ってみたいッス!!」 先輩が持っていたのは、先ほど自慢気に見せられた花だった。 花びらが欠けているところからして、間違いないだろう。 「…これはだめ。」 実際当たっていたらしいが、断られた。(予想外だ 「えーケチー!」 「うるさいなー、何とでも言いなよ。」 「先輩だって食べたんでしょ!」 「違うよ!…バカに食べられたの。」 先輩は声のトーンを上げて叫んだ後少し口先を尖らせて、手に持っている花をくるくると回した。 そして― 「あーもー、何つー顔してるンですか…。」 すぐに理解した。 誰にもらったのかも、その花をくれない理由も。 先輩は、恋、してるんだなって思う。 幸せそうに目を細めて笑ってる。 この顔見たらあの人でも赤面とかすんのかな、とか思ったけど想像つかなかった。 「え?」 先輩はびっくりした、という風にこちらを見る。 多分聞き取れないくらい、あの人について考えてたんだろう。 ゴチソーサマデス。 「もういいっすよ。生意気一年から奪ってきますから。」 すくっと立ち上がると少し走って、ちょっとした距離から叫んでやった。 「早くしないとしおれますよ〜! 先輩、子供体温なんですから!」 これくらいの意地悪は許されると思う。 それに対して「うそ!」と驚く先輩が、可愛くてたまらなかった。 少し慌て気味のアイツが目の端に入った。 さっきから柳生やら乾やら柳やらに何かを聞き回っている。 よう判らんが、聞かれた奴らはみんな俺を見るなりニヤニヤしおった。 アイツの方はと言えばどうやら幸村が適任者だったらしく、さっきから食堂で何かしている。 手元は見えんし何をやっとるかさっぱり判らんかったが、気恥ずかしそうにしたり、真っ赤になって怒ったりするアイツを見て、軽く苛立った。 男の嫉妬。醜いな。 だいたいさっきのは何だったんだ。そう思うとため息が出る。 面白く無くて目線を逸らすと、丸井が近寄ってきた。 「お前ーちゃっかりしてんなぁ。」 「は?」 まただ。コイツもニヤニヤしている。 「なぁ、知ってっか仁王。アイツが何してるか。」 「…知らん。」 「だーと思った!」 「うざい。」 本当に心底腹が立ったので素直に口に出したが、あまり怯まなかった。 楽しそうに接しやがって。(こんな風に考えると俺はそう気は長くない方なんだと思う。 「まーま。お前にとっちゃ吉報かもよ?」 ニヤリと笑う丸井は、随分勿体つけてから理由を教えてくれた。 「アイツさ、誰かさんに欠けた花をもらったんだって。 で、枯らしたくないから押し花にして取っておきたいんだってよ。」 その言葉にバッとあちらを見ると、分厚い本を抱きしめて笑っているアイツの姿。 まずい。 嬉しい。 アイツの一挙一動が愛しくてたまらない。 「おまっ仁王!?」 「やかましいブン太郎!」 止まらない。 とにかく今は、朱に染まった顔をアイツに見られなければいいと思う。 071124 戻