「はよーす、早起きッスね先輩。」
「…赤也君。」



朝が来た。
まだ日も高くなく涼しい朝。
鳥がかすかに鳴き、森は柔らかにそよいでいて、心地良い。
こんな穏やかさ、気付けなかったなぁと数日前の自分を思い返して居るところだった。

だからまさか人がーしかも朝の苦手な彼がー起きてくるなんて思いもしていなくて。
驚いて唖然とする私を見て少し笑って、すぅと息を吸い込むと、赤也君は大げさに明るく言った。



「今日で先輩たちは無人島生活からお別れかー良いなー!!」

そのあまりの嫌がりっぷりに思わず苦笑する。

「だって合宿でしょ?いいじゃない。」
「立海の方が設備良いし!
 それ以上にムサくなるからあと2日くらい居て下さいよ!!マジで!」
「竜崎先生が居るよ?」
「本気で言ってます?それ。」


コロコロと変わる表情と、さりげない気遣い。
この子のそんなところに、随分助けられてきた事を実感してものすごく温かい気持ちになる。




「ね、ずっと気になってたの。」

そう、助けられてきたから、知りたかった。

「どうして…あんなに助けてくれたの?」


いつも声をかけてくれたのは赤也君だった。
不安に怯えていた最初の頃も、罪悪感で苦しい時も、普段の生活での些細な出来事でも。
彼のおかげで保っていられた部分はかなりあると思う。

だけど、同時に不思議でたまらなかった。
どうして私に優しくしてくれたんだろうって。


「え、そりゃあ助け合い精神ッスよ。」
「うそ。流石の私でも、それは違うって判るよ?」

その質問をした途端、露骨に目そらしたし、ね。
誤魔化しているのは明白。
赤也君は「ちぇ」と舌打ちすると少し考えてから、

「んー、それはさ…」

と言って、スッと私の髪に手を伸ばし毛先で弄んでスルリと落とすと、意地悪に笑みを浮かべた。

「俺がさんを好き…だったのかもよ?」


「そんなんじゃ無いでしょ。
 もっとね、遠くを…遠くに居る“誰か”を慈しんでる顔だったよ。」

これには迷いもなく、ばっさりと否定出来た。
赤也君が私に向けていた眼差しは、彼が…仁王が私に向けてくれたそれと同じ、優しい目だったから。

違ったのはきっと、私では無いってところ。



「げー、バレバレ?マイッタな。」

赤也君は頭をがしがしと掻くと、ため息を吐いてぼそっとこぼした。

「アンタ、俺のスキな人に似てるんスよ。
 だから、幸せになってほしいんだよね。」

そう言いながら、照れた顔をする赤也君。
とても大切な人なんだろう。
微笑ましく見ていると、

「なぁんて、フジュン窮まり無いッスか?」

慌てて茶化した。
だけどまたすぐに真面目な顔で、私の目を見て、

「意味は違うけど、アンタを助けたいってのも本当にあったよ。」

って、少しだけ苦笑いをしながら伝えてくれた。



「赤也くん、」
「はい。」
「今まで、ありがとう。」


私の事を最後まで気遣ってくれてありがとう。
私を助けてくれてありがとう。
笑顔をくれてありがとう。

伝えきれない感謝を、伝えられるだけ伝えたくて。
沢山沢山の思いを月並みだけど一言に込めた。



「違いまーすよっ先輩!
 これからもよろしく、でしょ?」

折角カッコよく決めようと思ったのに、最後までやっぱり彼の方が上手で。

ニィと笑う彼の意図に気付かないほど鈍くも無く、「うん」と頷いた。




071227