約束をした後はずっと、お互い黙ったまま寄り添って別れの時間まで過ごした。

何も要らないと思ったし、それは彼も同じだったようだ。




船の目の前に立って、ゆっくり振り返って辺りを見回す。
ロッジとか、海だとか、見る度に一つ一つ思い出が間近に蘇る。
あそこが管理小屋だから、きっと少し木が生えてる所が憩いの場で。
今朝の約束とか思いを伝えただとか、もちろん些細な会話ですら愛おしくて。
少し顔を赤くして、その後少し寂しくなった。

このままじゃいつまでも立ち止まってしまいそうだったから、もう乗り込もうと島に背を向けた。




「ちょぉっと待ったぁぁぁぁ!!」


大きな声に思わず足を止めて後ろを見やると、バタバタと砂煙をたてながら、もはや顔なじみになってしまったみんながやってくる。


「ふぅーギリギリ!天才的ィ」
「越前、テメーがノロノロしてっからだぞ!」
「だって!」

小さく言い合ってたりニヤニヤ笑ってたり、三者三様。
はっきり一つだけ判ったのは、

「なっ…みんな、練習…!」

いつもなら練習が始まる時間だって事。

「んなモン知るか。」
「リーダーからのお許しが出たからね。みんな猛ダッシュだよ。」

丸井君がシレッと言い、幸村君が笑う。
先に荷物を置きに行った二人も急いで降りてきた。

「どうしてみんな居るんですか!?」
「もう9時過ぎてますよ。」
「おーおー、マネージャーみてぇだな。」
「有能だし、欲しいなぁ…」
「精市、今はそんな話してる場合じゃないだろう。」
「判ってるよ蓮二。」



シンと辺りが静まり、手塚君と跡部君がずいっと前に出てくる。

「もう一度、言っておくべきだと思ってな。」
「手塚さん…」
「今まで助かった。ありがとよ。」
「跡部、さん。」

サンキュー、ありがとう、飯旨かったぜ、水冷たかった、マジでマネに来てくれよ…
沢山の声が飛んでくる。

「こちらこそありがとうございました。」
「楽しかったです!」

二人はにっこりと笑って頭を下げた。
私も便乗する。


「手塚君も跡部君もみんなも…今までありがとう。」
「やーめて下さいって。何か今生の別れみたいっすよ!」
「…赤也君…」


「赤也…」

その言葉に、思わず周りも口を開く。



「「「良くそんな難しい言葉を…!」」」
「えっ、そこ!?」
「えらいなー、今度奢ってやるよ。ジャッカルが」
「俺かよ!!」

実は私もつっこみたかったけど、先を越された。
おまけに、テンポの良い会話にジャッカル君のオーバーリアクション。
泣きそうだったのに、思いっきり吹き出してしまった。


「やーっと笑った!」
「へ?」

拗ねてたと思った赤也君は、不意に顔をほころばせた。

「初めて見たよ、そんな顔して笑うの。
 ずっと見たかったんだ、アンタの笑った顔。」


ぎゅっと手を握ると、コツンとおでことおでこをぶつけた。

うわ、ずるいよ。反則。
今折角泣かなくて済みそうだったのに。

決壊してしまった涙腺は、しばらく直りそうに無い。


「うわー赤也泣かせたぁ」
「えぇ!?俺ッスか!」


わいわい騒ぎになって、悲しいのに嬉しくて。変なの。




「あ、ほーらアイツ見てみろィ。な、柳生!」

丸井君が急に私の体の向きを変えた。

「そうですね。
 ほら、素直にならないと輪に入れてあげませんよ。」

呼ばれた人物。
歪んだ先に見えたのは、言うまでもなく。

「…ブサイク。」

ぼそりと呟かれた言葉が素直じゃない彼らしい。

「折角感動だったのに。
 最後まで意地悪なの?」
「そやの。いじめ癖がついちまった。」

はは、と笑うと私の目から溢れるモノを拭った。


「コイツらに聞かれたくねぇし、もう伝えたい事は必要最低限全部言ったから、何も言わんよ。」
「えーもう一回!」
「愛誓っとけよー」
「うっせぇ野次馬。」


大丈夫、言われなくても。ずっとずっと、待ってる。
だから返事はしないで、もう一度笑うんだ。

「練習、頑張ってね。」



仁王は優しく微笑んで、私の頭をポンポンとたたいた。

「ん。

 …おい、お前ら見んなよ?」
「は?」

そしておもむろに後ろを向いてそういうと、私に唇を重ねた。

「「「「「にっ仁王ー!」」」」」

不敵に笑ってぎゅっと抱きしめると、
「またな」
と彼の唇が耳をかすめた。






揺れる甲板。
かなり酔いそうだったけど、少しだけ頑張る。
離れていく島。もうすぐみんなの姿も見えなくなりそうだ。
いつの間にこんなに涙腺モロくなったんだか。
ぐっと、仁王に拭われたモノを自分で拭って伸びをしながら空を仰ぐ。




本日も天気良好。
だけどずっと晴ればかりじゃなくても、絶好のバカンス日和でした。






071227