「何で吐かんかのう…」
「また彼女ですか?かわいそうですからおやめなさいと言ったでしょう。」

食堂で机に顎を預けて脱力していると、柳生が2つ分のコップに水を入れてやってきて、俺の前に1つを置き、そのまま正面に座って咎めた。
有り難いような、ムカつくような、パートナーの優しさだった。
しかし何か言ってくるかと思えばだんまりのままで―これも優しさなんかもしれんが―、お陰でグルグルと思考が再開する。

さっきは思わず逃げ出してしまった。
あのままアイツと居ると、自分が変になる気がして。

こんなことを言うのは難だが、俺が言葉の勝負を挑んで負けた事なんて一度も無い。
特に女に関しては、だ。
アイツが意固地なのか、俺の話術が落ちたのか…


判らん。
何が違うんじゃろ。
自分の中に感じる新しい何かの正体が判らず、自分自身に困惑している。
変な話だ。

伸び上がって辺りを見回すと、テニスコートの近くの一点に目が止まった。
アイツが赤也と喋っている。

「赤也…殺す。」

そんな事を反射的につぶやき、ガタンと椅子から立ち上がった。


「自分がいつもの態度と違うのを認識していないんだろうな。」
「ええ。あれじゃ、好きな子に構って欲しい幼稚園児でしょうに。」

遠く、入れ違いになった参謀と柳生が何かを喋っていたようだが、もう俺の耳には入っていなかった。



二人はいつの間にか打ち解けた空気を出していて、アイツはいつもは見せる事の無いような顔していて。

「悩んでてもしょーがないッスよ?」
「うん、ありが「探索行くぜよ。」

相談してたんだかなんだか知らないが、無理矢理割り込んだ。

「…また仁王?やだよ。」

彼女はげんなりとした顔で振り返ると、あっさり拒絶する。

「働け。」
「何様だこのやろう。」
「いいから、立つ。んで準備。」

喧嘩腰で突っかかってくるけど、こっちだって譲らん。
強引に手を取ると、水が入ったペットボトルを2本ひっつかんで探索に出掛けた。








「なぁ」
「はい?」
「冷たいのー」
「うっさい」

強引に連れ出してから、口をへの字にして膨れっ面して大した反応も示してくれない。
そんなに赤也が良かったんだろうか。
そう思うと、グラッと腹の中が煮えくる感じがする。

見てろ、赤也。



「真田のぅ…アレ、実はカラオケ行くとスマップ歌うんじゃよ。」

俺が何でもないように呟くと、ぷっと吹き出して口を押さえた。

「…うそだぁ。」
「思いっきり吹き出しといてそれは無かろ。」

見上げるコイツに、いつものトゲトゲしさは無くて。
しめた、と思った。
ほら見ろ、俺にだって笑わせる事が出来た。
この際実際やられると鬱陶しい真田のネタでも構わなかった。

「あとバレンタインキス。死ぬかと思ったぜよ。」
「意外…」




他にも部員を軽くダシに使わせてもらって、コイツも随分興味を持って聞いてくれて。
順調に歩いてたら湖についた。

「なーんも無いね。」
「涼しいだけじゃの。」

ただっぴろい土地。見渡す限りの青。
一周りしてみたが、特に収穫もない。
かと言ってまだ帰る気も起きなかった。

「する事も無いし…昼寝でもするか?」

羽織っていたジャージを脱ぎ捨て、ゴロンと寝転がる。
返事の前に行動に移すなんて、随分ガキくさい手段だ。
当然彼女は「寝るの?」って呆れ顔して、でも隣に座り込んで水を飲んだ。


ここだけ時間の流れがゆっくりに感じる。
ふわっと吹く風と光る水面が、俺と…きっとコイツにもこの島に来て初めての穏やかさを与えた気がした。




070915